1 名前:ぐれ ★:2026/04/24(金) 15:24:08.23 ID:1gAWbXob9.net 渋谷・新宿、まさかの上野にも完敗!? ≪六本木は死んだ≫X投稿が話題…若者が集うナイトライフ街から激変したワケ ※4/24(金) 11:00配信 集英社オンライン 先日、Xで《六本木は街として死んだ》という内容のポストが話題となった。有名ナイトクラブが立ち並び、多くの人が深夜に行列をなす、ナイトライフの街としてのイメージがある東京都港区・六本木。現在六本木は本当に“衰退”しているのか? 国際大学グローバル・コミュニケーション・センターにて文化社会学、サブカルチャーなどを研究する菊地映輝氏が解説する。 《六本木は死んだ》は本当なのか? 現在の六本木の様子 六本木の衰退について以下のようなポストが先日話題になった。 ≪昔の六本木、終電の交差点付近は帰る人ではなく繰り出す人で溢れ、クラブはどこも行列、一晩で何軒も梯子する人々が行き交い、道を歩けば必ず知人、泥酔サラリーマン、美男美女、白人モデル、芸能人と遭遇。今や人気も活気もなく、ロアビル、alife、museが閉店し、GSも移転したのが死の証拠。≫ ポストで言及されている《alife》、《muse》とは、90年代後半から六本木のクラブ文化を盛り上げた有名ナイトクラブの名だが、いずれも現在は閉店してしまっている。 また東京商工リサーチの調べによると、2025年1月から8月の「バー、キャバレー、ナイトクラブ」の倒産は58件となっており、これはリーマンショック直後並みの高水準。 インバウンド活況で盛り上がりを見せているとはいえ、夜の街の状況は確実に変わりつつあるようだ。 現在も六本木には大型クラブが数店舗存在してはいるが、六本木のクラブカルチャーの最盛期はいつごろだったのだろうか。菊地氏はこう推察する。 「六本木はもともと80年代のディスコブームの中で若者たちが集まる夜の街として栄えていました。最盛期には40店舗ほどディスコが存在し、その後ディスコカルチャーがクラブカルチャーへと変化していきます。 常に“夜の街”として盛り上がりを見せていた六本木ですが、今回のポストで指摘されているような“クラブカルチャーの最盛期”は、いつ頃になるかというと、2010年代前半から半ばの話だと推察します。 当時はクラブミュージックのジャンルの1つである“EDM”ブームの最盛期でもあり、『V2 TOKYO』などのいわゆる“チャラ箱”と呼ばれる、異性との出会い目的の男女が多く集うクラブが続々とオープンやリニューアルしていた時期とも重なります。 さらには、六本木が夜遊びの場として盛り上がったのは、ハロウィンブームからも説明できるでしょう」 続きは↓ 引用元:…