1 名前:少考さん ★:2026/05/14(木) 19:02:56.58 ID:uil3eQrp9.net ※AERA DIGITAL 2026/05/14/ 17:00 北原みのり 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は政治家の顔について。 * * * 高市早苗首相について検索すると、よその国の男性大統領に抱きついたり、上目遣いの「変顔」をしていたり、はしゃいでクネクネダンスしちゃったり、大きな口を開けて不自然に笑っていたり……という写真が続々出てくる。そういった写真には必ずといっていいほど「男に媚びて生きてきた女」という批判がセットになっている。 私は高市政権を支持はしていないが、正直、これほどまでに表情を切り取られ罵倒されてきた歴代首相はいるのだろうか、とひっかかるものはある。それはもちろん高市さんが女性だからであり、そして実際に「媚びている」からなのだろうが、私の率直な感想は、高市さんの媚び方は下手である、である。 男に媚びる女はいる。というか、男に媚びない、媚びたことが人生一度たりともない、と言い切れる女がいたら、汝よ、手を挙げてほしい。そのくらいにここは、男たちが女たちに当然のように媚びを要求する社会です。だからこそ私はフェミニストになったのだし、「媚び」の取り扱いを意識しながら生きてきた。男の前で高い声を出さない、男の前でクネクネしない、男の前で無駄に笑わない、男を無駄に褒めない。でも、うっかりやってしまうことだってあったと思う。そんな時は自分のことを気持ち悪く感じつつ、文化的に染みついてしまう振る舞いについて必死に考えたものだ。 だいたい女と媚び問題は、簡単ではない。そもそも男にクネクネしてボディータッチすることだけが媚びではない。「私はサバサバしている女」というアピールだって、「私は女友だちがいない」「私は女らしくない」「私は面倒臭い女じゃない」とかいうアピールだって、立派な男への媚びである。一方、好きで楽しんでいる化粧であっても、「あんな化粧しているなんて男に媚びている」と取る人もいるだろう。いったいどこまでが自分の意思で、どこまでが媚び判定されるのか、媚びの取り扱いは難しいのだ。 と、女の媚びについて考えれば考えるほど、高市さんは「媚び方が下手である」という結論になってしまう。高市さんが批判されている「媚び」の姿を見るにつれ、むしろこの人は媚びに慣れていない側の女なのではないかと思ってしまう。 媚びが上手で、媚びを使ってのし上がってきた女というものは、媚びていることを誰にも気がつかせないものだ。自分の下心を見せず、野心を見せず、自分がどう見られるかを、360度自己監視カメラを心に設置した上で細心の注意を払って振る舞う。相手の心を手玉に取ったとしても表情ひとつ出さずにいられるのが、媚びのプロなのだ。私にとってそれは小池百合子都知事である。媚びの強弱を絶妙に小指の先で調整できるプロ級の技をお持ちだと、私は思う。褒めてます。 一方、高市さんの媚びは、雑である。幼すぎる。わざとらしすぎる。稚拙である。スターを目の前にして単純にはしゃいでしまっているミーハーな人にしか見えず、もしかしたらあれは“媚び”というよりは、西洋文化に合わせた大仰な振る舞いのようにも見える。もちろん、高市さんは媚びていない、というのではない。「媚びたほうがいい」と思ってやっている振る舞いなのだとは思うが、板についてなさすぎて変、なのである。 だから……「女を使って媚びてのし上がってきた」という高市評は、あの雑な媚び方を見るにつれ、それはないだろうな、と私などは思う。それはもちろん高市さんは媚びてません!と擁護したいのではなく、「媚びようとして必死なのに変」という女の悲しさのようなものが見えてしまうという感じだ。上目遣いの「変顔」や、クネクネダンスや、不格好な抱きつき方、そういう自身への客観性のなさというものは、高市さんが「女としては無防備だった人」だからではないか。媚びている、と批判するのは簡単だが、女と媚びの問題は簡単ではない、という話だ。 高市首相の表情で嫌だなぁと思うのは、国会での不機嫌な顔だ。高市さんが首相になる前に、高市さんに「笑っている」イメージはなかった。あの不機嫌な顔つきの人だった。野党からの質問に対し不機嫌を隠さずに威圧的に応答する姿は、国会を見ていて朝から気が重くなる要因の一つだ。おおらかさと懐の深さが、高市さんには全く感じられない。私は媚びよりも、この懐の浅狭がとても怖いと思う。(略) ※全文はソースで 引用元:…