
翻訳元スレ主 中国の仙侠小説(仙人になって活躍するような中国ファンタジー)を読んだ後、なぜ多くの人が日本のライトノベル男性主人公に対して強い敵意を抱くようになるのだろうか? 日本のライトノベルやアニメの男性主人公の弱さや優しさについて、非常に不快な、あるいは露骨な敵意さえ感じさせる発言を多くの人がしているのを目にする。 一体何が原因なんだ? (中国小説ミームフォーラムへの投稿です) 海外の反応 日本人主人公には、実利的な考え方が欠けていることが多い。 親切であること自体は構わないが、過度に寛大だったり、何をされても黙って耐えるような人間だったりすると、敵やこちらを利用しようとする連中につけ込まれる隙を与えてしまう。 それだけでなく、自分では親切で優しい人間だと思い込んでいながら、実際には偽善的なことも多い。 例えば、奴隷制度を受け入れるどころか、奴隷を買ったりする。 一方で、私は仙侠の主人公たちにはあまり共感しない。ただ、彼らは日本の作品の主人公たちよりも、問題をずっと上手く解決する傾向がある。単に症状に対処するのではなく、根本原因そのものを取り除くからだ。 さらに、仙侠に登場する悪役は、たいていかなり苛烈だ。 状況が要求すれば融通を利かせることもあるが、憎しみを手放すことはほとんどない。 自分より強い相手なら、一片のためらいもなく相手を滅ぼす。 だが、自分が負けそうになると、生き残るためなら恥も外聞もなく状況に従い、屈辱すら受け入れる。それでも後になって機会が巡ってくれば、背後から襲いかかり、復讐しようとする。 そういう悪役を相手にするなら、主人公も同じくらい容赦なくならなければならない。こうした悪役のほうが、現実世界に存在するものにも近い。現実の悪人もまた、実利を重視するからだ。 さらに、日本の主人公には、自分をより良くしようとしたり、本当に望んでいるものを追い求めたりするための鋭さ、野心、そして純粋な意志の強さが欠けていることが多い。 対照的に、仙侠の主人公はたいてい、自分を鍛え、より大きな力を手に入れ、自らの野望を追い求めたいという強い欲求に突き動かされている。その道がどれほど困難で、苛烈なものだろうと関係ない。海外の反応>>2 善良な仙侠主人公でさえ容赦がない。彼らは「いい人」ではなく、燃え盛る義を体現する者だ。 平和は優柔不断にへりくだって妥協することで勝ち取るものではない。あらゆる悪を浄化する血塗れの剣によって勝ち取るものだ。海外の反応>>3 そのとおりだ。容赦のない世界では、自分も同じくらい、あるいはそれ以上に容赦なく、実利的に振る舞わなければ生き残れない。 世界がこちらの望む結果を生み出すために、自ら折れてくれるわけではない。 何かが欲しいなら、自分の手で奪い取り、自分で築き、自分で鍛え上げなければならない。海外の反応>>4 容赦のない主人公とはこんな感じだ。・誰かが不死の宝を上級霊石1万個で売っている?そいつを倒して、不死の宝をタダで手に入れる。・誰かが秘境で比類なき功法を手に入れた?待ち伏せして倒して、その功法を奪う。そいつが命と引き換えに功法を渡すと言ってきた? それでも殺す。・誰かが霊石を2個持っていて、哀れに思って1個をくれた?そいつを倒して、残りの1個も手に入れる。・若様とぶつかって、向こうが謝ったうえでこちらにも謝罪を求めてきた?そいつを倒して、九族まで皆殺しにする。主人公は自分の行動について絶対に謝らないからだ。・欲しかった品を誰かに競り負けた?そいつを倒して、品物をタダで手に入れる。・宗門が自分より才能のある天才を見つけた?しかもそいつは自分に友好的だった?倒す。この世界に、自分以外の天才がもう一人存在する余地などない。・上位の世界へ昇天した?即座に、自分が手を出せる下位世界をすべて滅ぼす。そして、昇天してきた者たちがやって来て、自分とほぼ無限に存在する資源を奪い合うのを防ぐため、時折間引きを行う。海外の反応>>5 それは邪悪な主人公の中でも1%くらいのやつだろlol 容赦がないことと、手当たり次第に大量虐殺する殺人狂であることは同じじゃない。 それに、修行世界では誰も何かについて謝罪なんてしないlol 皆、自分が正しいと思っているし、自分が正しいと確信している。なぜなら、それこそが自分の従う道だからだ。修行世界で、そんな細かいことにこだわってはいられない。海外の反応>>5 これは単に、親切を敵意で返しているだけだ……容赦がないというより、めちゃくちゃ強欲で嫉妬深いだけだ。海外の反応>>7 親切は侮辱だ。 侮辱を敵意で返すことこそ義だった。海外の反応>>3 時々、彼らの容赦のなさは行き過ぎている。 特に、自分が相手の弟子と公正な取引をするのを拒み、相手の持つ宝をタダで手に入れたいという理由だけで、その弟子の所属する宗門を丸ごと皆殺しにするとか。 というか、そんなことをするくらいなら、なぜわざわざ競売に参加するんだ? 貴重な霊石を使うなんてことはせず、最初から乗り込んで警備を全員殺し、欲しいものを持って帰ればいいだろ。もう強盗なんだから、だったら堂々と強盗をやれよ。海外の反応>>9 いや、それは単に邪悪っていうんだよlol 実際には、ほとんどの主人公は市場にいる全員を皆殺しにするなんてことはせず、普通に品物を購入する。 攻撃するなら、中途半端にやることは絶対にない。敵への情けは、自分自身に対する残酷さだ。全員を跡形もなく滅ぼすか、そもそも手を出すな。 海外の反応>>2 仙侠では、あまりにも簡単に恨みが生まれる。 例えば、珍しい薬草を見つけたところに主人公が現れて、気勢を放って威圧する。相手は、自分たちにはその薬草を手に入れるだけの力がないと悟って、立ち去る。 すると主人公は、それでもそいつらを殺すことにする。 いや、何のためだよ。もう相手は引き下がったんだぞ。それに、その薬草だって、何が何でも秘密にしておかなければならないほど珍しいものでもない。海外の反応>>11 ああ、それは実利主義じゃない。単に残酷さのために残酷なことをしているだけだ。 手にしているのがハンマーだけなら、何度も人を殺すのが一番簡単な選択肢だから、何でもハンマーで殴るようになる。 これが本当に私たちの主人公なのか?自分自身の殺戮欲の奴隷になった人間を、私たちは応援しろというのか? そいつは完全に人格を失ってしまっている。海外の反応>>12 主人公が邪悪な悪役だったなら、まだ納得できる。単なる残酷なクズってことだからな。 だが、ここで描かれているのは、現代的な価値観を持ったまま異世界転移した主人公だったり、悪を許せない正義感の強い主人公だったりする。 それなのに、そいつらは自分たちが教えられてきた価値観に反して、何のためらいもなく無差別に人を殺す。そして作者は、それを実利的で正しい行為として描いている。 霊石を1個渡してやった乞食を、後になってその霊石を取り戻すために殺すことの、どこが実利的なんだ? そもそも、渡さなければいいだけだろ。 欲しい品物を持っていて、しかもこちらとの取引に応じるつもりの人間を、こちらは何も交換したくないという理由だけで殺すことの、どこが実利的なんだ? それに、自分が他人に迷惑をかけたくせに、相手が「謝ればそれで終わり」にしてくれるという状況で、単に謝って済ませることを拒み、妥協せずに相手の九族まで皆殺しにするとか。 謝罪の一言に、そこまでの価値があるのか? そして大会だ。 一体どうして主人公が大会に出場して途中で降参した相手まで含め、対戦相手を一人残らず殺す必要があるんだ? 何の意味がある? もう勝ったんだぞ。だったら、何の恨みも持っていない相手まで、なぜ殺す必要がある? 力さえあれば、自分が気に入らないものは何でも皆殺しにしていいし、そうすべきだとでも教わったのか?海外の反応>>2 それに、仙侠ではたいてい、永遠の敵なんてものは存在せず、存在するのは永遠の利益だ。 かつては激しく敵対していた者同士が、さらに大きな利益のために手を組み、そして事が済んだ後には互いに裏切り合う、という展開をよく見る。 クソ最高だ。海外の反応 極端に正反対だからだ。海外の反応 兄弟、ベータ男の主人公が嫌われるようになったのは、仙侠を読むようになってからじゃないぞ。 仙侠を読む前から、みんなそういう主人公を嫌っていた。海外の反応 私は個人的に仙侠の主人公が問題に対処する方法が好きだ。 たまにやりすぎることはあっても、問題の核心に一直線に向かっていくからな。 私はアニメを見て育ったが、時間が経つにつれて、日本の主人公がいつも「友情の力」に頼ったり、大きな犯罪を犯した悪役を見逃したりするのが鬱陶しくなった。 過剰な優しさは、正直もう飽きる。 それに、どう見ても自分に好意を持っている女がいるのに、主人公だけがそれに気づいていない、みたいなのもな。 全体的に、アニメや日本作品の世界と比べて、修行世界の苛烈さのほうが私は好きだ。海外の反応>>17 だいたいこれだな。海外の反応>>17 それに、日本の主人公は一つ一つの問題を個別にしか見ないというのもある。 周囲にある問題まで考慮しないんだ。海外の反応>>17 日本人は金を稼ぐために漫画を描いている。 エッジの効いた漫画では金にならない。金になるのは定番だけだ。 私の日本人の友人は、中国の作品と同じくらい良いレベルの漫画を描いた。 でもダメだった。売上はゼロ。 今は新しいシリーズを始めた。中年男性×……若く見える女性、という作品だ。 誰が相手でも一撃で倒してしまう展開で、日常系の内容だ。 最初からかなり良い売上が出ている。 海外の反応 彼らは根性がなく野心もない主人公を相手にする趣味がない。 まあ実際のところ、そういう主人公は仙侠の主人公とは完全に正反対になってしまうから、それが嫌いな人がいるんだろう。 個人的には、日本だろうが中国だろうが、キャラクターがどちらか一方に極端に偏りすぎているとイライラする。海外の反応 道は容赦がない。 泰山を見抜けぬ者には、果てなき修行の道を進む知恵などない。海外の反応 よく分からんが、実際に読んでいて、そういう主人公が嫌いになった。 圧倒的な力を持つ奴が、何に対しても腰を屈めるなんて理屈に合わない。 礼儀正しくあることと、何をされても黙って受け入れることは別だ。 「英雄の旅」を調べてみるといい。西洋の作品で、それどころか西洋メディアの至るところで頻繁に使われている物語構造だ。 その中で関係する部分は、西洋の主人公が最初は「普通」の状態にいて、そこから「新しい世界」に入るところだ。 ここでいう新しい世界は、本当の意味での異世界である必要はない。例えばハリー・ポッターが魔法の存在を知ることや、ルーク・スカイウォーカーが宇宙やフォースの世界に入ることでもいい。 そこで主人公は成長し、変化し、やがて一人の人間として成長した状態で「世界」に戻ってくる。 日本の異世界転移主人公は、ほとんどの場合、変化しない。異世界というジャンルの構造そのものが違う。 主人公は新しい世界へ逃げ込み、そこで暮らし続ける。そして、以前の世界で抱えていた欠点までそのまま持ち込む。 一方、西洋作品では「別の世界」をキャラクターの成長のために使い、故郷へ戻ったときには主人公が成長していて、以前抱えていた問題も解決しているか、大した問題ではなくなっている。 例えば、家出したドロシーが、旅を通して「やっぱり家ほどいい場所はない」と学ぶようなものだ。 それに、読者が主人公を自分自身に重ねるというのもある。自分が弱かった頃の主人公に共感していたからこそ、その主人公が自分自身の性質からかけ離れた行動を取ると、読者は自分まで侮辱されたように感じる。 圧倒的な力を手に入れたなら、それによって自分らしく振る舞い、自分のために立ち上がれるだけの自由と自信を得るものだと考えられている。 だから、主人公が死にかけていたところを助けた、たまたま出会ったツンデレのエルフが「説明する義務があるでしょう」と言い出し、それに対して主人公が土下座して謝罪する、なんて展開にはイライラする。海外の反応 相手を見逃すなんて愚かなことをするくらいなら、九族を皆殺しにして、永遠に片をつけてしまえばいいと気づくから。海外の反応>>24 そういう「九族皆殺し」タイプの奴が、実はそのせいでどんどん敵を増やしていく、という展開を想像するとちょっと面白い。 例えば、ある男の義兄弟を皆殺しにしたせいで、その義兄弟の一族まで敵に回してしまう。 実際、九族皆殺しの刑を過剰に適用したことは、秦王朝が崩壊した大きな原因の一つだった。 そうやって政府に敵意を抱く人間がどんどん増えていったからだ。 そのため、その後の隋・唐の時代には、九族皆殺しは「極めて重大な場合にのみ適用する」類の刑罰になった。海外の反応>>25 これについて本気で考える奴を見てみたい。 まず、自分がその行動を取ったら、いったい何人の人間を敵に回すことになるのかを考える。 そして、そいつらの九族も皆殺しにすればいい、と考える。 さらに、その相手の九族を殺したことで、また別の誰かを敵に回すことになる。 そしてまた、その連中の九族を殺そうと考える。 それを何度も繰り返していく。 やがて、小さな恨みを晴らすためには、この世界に生きているすべての生命を皆殺しにしなければならないと気づく。 まあ、競争相手がいなくなれば、世界中の資源を全部自分のものにできるけどな。海外の反応 日本の主人公は、負け犬みたいだったり、何をされても黙って耐えたり、悪役を見逃したりする態度が鬱陶しいことがある。 まるで、もっと美味いケーキを食べてしまったせいで、昔のお気に入りのケーキが大したものに思えなくなったみたいな感じだ。 海外の反応 なぜなら、あいつらは根性のない、女に媚びるだけの連中で、何をされても踏みつけられるような性格だからだ。 私には、とても本物の人間には見えない。 一方で、作家が容赦のない主人公を描こうとすると、今度は極端なところまで行って悪役を作るか、単なる中二病主人公を作ってしまう(例:ありふれた職業で世界最強)。海外の反応>>28 おい、ありふれた職業で世界最強をそんなふうに悪く言うなよ。 あれは自分がどれだけ中二病なのかを完全に自覚していて、それをむしろ楽しんでいる作品だ。 本当にダメなのは、自覚もないまま、真面目に中二病全開の主人公を書いている小説だ。海外の反応 中国の反日差別を、いつの間にか身につけてしまうからだろ。海外の反応>>30 そのとおり。海外の反応>>30 それは完全に間違っている。 中国作品を読むだけで、間接的に反日差別を身につけるわけじゃない。 中国小説を読むことで、中核的な社会主義の価値観を身につけるわけじゃないのと同じだ。海外の反応 人々は、容赦のない弱肉強食の思想を頭に叩き込まれた途端、突然自分が強くなったような気になる。 その思想によって、自分とは世界の反対側にいる、しかも今となっては実在する人間ですらないかもしれないような、どこかの適当な人間に、自分の考え方や物事に対する感情を左右されていることに気づいていない。 結局のところ、どちらも粗悪なものを重ねているだけだ。 それぞれ別の意味でひどい。海外の反応 それは正反対だからだろ。 その逆もそうだぞ。 海外の反応ランキング…