
翻訳元スレ主 アジアではなぜ目に見えて障害者が少ないのだろうか? 私はアメリカ人だけど、父がある会社の請負業者をしていたので、3歳のときに日本へ引っ越し、16歳のときに日本を離れた。 現在はアジア系の人口が多いハワイに住んでいる。また、韓国と中国にも旅行したことがある。 そこで気づいたことなんだけど、私は精神的・身体的を問わず、障害者を一度も見たことがない。 今考えてみると、ダウン症のあるアジア人さえ一度も見たことがない。 日本人学校に通っていたときも、特別支援が必要な子どもは一人もいなかった。身体的な異常がある人すら見かけない。 なぜ東アジアの国々では、障害者が少ないの? (現実世界では聞けない質問フォーラムへの投稿です) 海外の反応 市川沙央のハッチバックを読んでみるといい。 日本の障害のある女性が、日本の障害のある女性について書いた、とても短いフィクション作品だ。 彼女の言葉を借りれば、あちらでは障害者は社会の一員として扱われていない。 私の住んでいるところ(南アジア)でも同じだ。私は障害があるけど、それはものすごく孤独な経験だ。身近な家族以外には、誰もそのことを知らない。海外の反応 残念ながら、「見えないところに置いておけば、それで存在しないも同然」という考え方が広く根付いているから。海外の反応 その通り。私は韓国に7年間住んでいたけど、障害者をほとんど見かけなかった。 赤ん坊のころに、親が施設へ入れてしまうからだ。 私は中規模の都市に住んでいたから、ソウルにはこういう施設があるのかもしれないけど……施設はたいてい専門施設ですらない。 ただ一つの大きな建物に、全員まとめて入れられる。目が見えない人、耳が聞こえない人、ダウン症、自閉症、生まれつき手足がない人、とにかく何でもだ。 みんな一つの建物に入れられ、家族は二度と面会にも来ず、連絡すら取らない。だから、施設の中がどんな状態なのかなんて、誰にも分からない。海外の反応 障害者のための環境を整えていないから。家に閉じ込められているか、もっとひどい扱いを受けている。海外の反応>>5 もっとひどい。デトロイトに送られる。海外の反応 少なくともインドでは、その答えはひどいものだ。 障害者にとって生活しやすい環境が整っていない。というか、壊れた歩道ばかりで、健常者ですら歩けない!障害者にとって優しい国とは、とても言えない。 それに加えて、今でも多くの家族が障害を恥ずべきものだと考えていて、家の中にずっと置いておくほうが「楽」だと思っている。 また、国内の多くの地域では、いまだに教育が十分でなかったり、貧しかったりする。そのため、障害についての知識や支援を得ることができない。 本当に胸が痛む話だ。海外の反応>>7 その通り。障害者や高齢者、その他の障害を抱えている人たちにとって、人前に出るのはとても、とても難しい。恥や差別だけが理由ではなく、ほとんどすべての場所にアクセスできないからだ。残念ながら、支援体制が整っていないため、多くの人はそれを実現できない。海外の反応>>7 インドで障害を持って生まれたLakshmi Tatmaという女の子の話がある。彼女はインドの神様に似た姿で生まれたため、有名になった。海外の反応 日本では、出生前に障害が確認された場合、中絶を勧められる。中国も同じだと思う。 それに、障害者を送り込む施設もある。1950年代のアメリカにあったものと似たようなものだ。 海外の反応>>10 えっ、本当にそうなの?!中絶を勧めているなんて知らなかった。海外の反応>>11 そう。以前日本に住んでいたんだけど、40歳を超えていて、夫が「自分の避妊が下手だったことを上司に知られたくない」という理由で、妻に中絶を迫っていた知り合いの女性がいた。 彼女は中絶しなかったけど、日本では中絶自体は珍しくない。 厳密には、健康上または経済上の理由がある場合にしか合法ではない。でも、薬を処方する前に家計簿を細かく調べたりするわけでもない。海外の反応 別のコメントに同意する。シンガポール人の知り合いがいるんだけど、その人たちは子どもがダウン症だから、はるばるカナダのユーコンに移住して暮らすことを選んだ。 たとえばシンガポールでは、周囲と違う人たちに対するプロパガンダがたくさんある(「太っているのは悪い」といった公共広告とか、学校内での自殺についてのニュースは、ほとんど決して報道されないとか)。 それでもシンガポールでは、私の友人の友人が、学校での鬱と燃え尽きによって自殺した。彼女はそのことを誰かに話したら退学させると脅されていた。本人からそう聞いたのは卒業後だった。 東アジアや東南アジアでは、障害者に対する偏見や恥の意識、そして(観光などの目的で)整えられ、選別された世間のイメージが、しばしば優先されている。海外の反応>>13 うつ病になったことで罰を受けるなんて、あまりにもひどすぎる。海外の反応>>14 そう。家族が私のうつ病を受け入れてくれるまでには時間がかかった。何週間もベッドから起き上がれない私を見て、ようやく本当に病気なんだと理解した。 それでも、家族とこの話をするのはかなり難しい。家族も理解しようとしてくれているけど、世代による考え方や社会的な価値観、周囲からの評価を気にする気持ちがあって、完全に理解するのは難しいみたい。 幸い、夫は私が良くなるための支えになってくれているし、私がセラピーなどに通っていることも理解して受け入れてくれている。海外の反応 どの人口集団でも、障害者の割合はだいたい同じだ。問題は、障害者が偏見を受けずに外へ出られるように社会がしているかどうかということだ。 アメリカやその他の地域でも、かつては「Ugly Laws」という法律があって、目に見える障害のある人が外に出ること自体を犯罪にしていた。 ほかの地域では今でも、法律によってではなく、社会的圧力によって、「醜い」という罪を犯したかのように扱われている。海外の反応>>16 古い家の中には、「disappointment rooms(失望の部屋)」と呼ばれるものまである。障害のある家族を閉じ込めておくための、小さくて、たいてい人目につかない部屋だ。海外の反応>>17 高校時代の友人の古い家にも一つあった。地下室の奥に隠されていて、広さは5平方メートルくらい。天井は低く、外側から鍵をかけられる重い扉が付いていた。 まるで地下牢の独房みたいだった。海外の反応>>18 実際、機能的にはそのものだったんだろう。 昔の時代の残虐さには嫌悪を覚える。海外の反応 もちろん今でもいる。ただ、あまりにも偏見が強いため、社会から隠されていることが多い。 海外の反応 アジア人として言わせてもらうと、それは違うと思う。単に十分な数を見ていないだけだろう。 アジア人は、障害を人目から隠すことが多い。障害者であることや、障害のある子どもを持っていることが知られただけで、仲間外れにされるところまで行く場合もある。 障害があることを表に出したときの偏見はかなり強い。たとえばアメリカでは、ここ10年ほど(2010年代)で、精神的・身体的な障害がより普通のものとして受け入れられるようになり、より真剣に扱われ、恥じることなくオープンに語られるようになってきた。それとは違う。 アジアでは、うつ病が蔓延している。海外の反応 アメリカでは、かつては犯罪だった。実際に刑務所へ入れられる犯罪だ。 人前で外見を損なった状態でいることがね。大きな戦争の後には、退役軍人だけはこの扱いを免除されることが多かった。 それ以外の人は、まっすぐ刑務所行きだった。醜い人は犯罪者か、働くことのできない人だと思われていた。 いわゆるUgly Lawsは、都市によっては1960年代まで残っていた。 例外的な存在がサーカスの見世物小屋だった。そこにいた人々の多くは一般の人々からまともに扱われていなかったが、より広いコミュニティと関わり、自立して暮らすための収入を得る、まれな機会ではあった。 都市によってはUgly Lawsによって見世物小屋そのものが禁止され、その人たちの多くは精神病院へ送られ、閉じ込められた。海外の反応>>22 毎日、何か新しいことを学ぶものだな。海外の反応 車椅子で利用できるような店や施設を作らなければならないという規則がなかったり、単純に社会的に受け入れられていなかったりするから、外で見かけることがそれほど多くない。 私の夫はエクアドル出身なんだけど、障害のある家族がいることを本当に恥ずかしく思う人が多いと言っていた。障害は呪いか何かだと考えていて、場合によっては家族を隠そうとすることもあるらしい。海外の反応 いることはいる。ただ、家族が感じる恥と、より良い医療が組み合わさって、目に見える障害のある人たちがほとんどの公共空間から姿を消している。 精神疾患については、「そんなものは存在しない、健康的な食事をして運動すればいい」と言われることもある。海外の反応>>25 医療がより良いから公共空間から姿を消している、とは言わないほうがいいと思う。少なくともその点に関しては、医療環境はむしろ悪い。海外の反応 私は中国に住んでいたことがあるけど、私が住んでいた都市では、他の地域で見かけるよりも、外に出ている身体障害者のほうが多かった。 車椅子の人、義肢を使っている人、生まれつき指が欠けている人、筋肉に変形のある人などを見かけた。精神障害のある若者や大人はめったに見なかったけど、それでも街にはいた。 基本的には偏見がある。ただ、私が住んでいた都市ではその偏見が比較的少ないようで、障害者もある程度普通の生活を送ることができていた。 ただ、その都市は障害者が利用しやすいようにはほとんど作られていなかった。 階段が多く、スロープはほとんどない。トイレはほぼすべてしゃがんで使うタイプだったし、自転車やスクーターが歩道を走っていた。 私自身の祖母は、纏足を施された最後の世代の一人だった。子どものころに自分で包帯を切っていたので、最後まで纏足をしていた女性たちと比べると足はまっすぐに近い状態で固まった。 それでも、足の骨が折られ、悪い状態で固定されていたため、特に年を取ってからは、速く歩くことも、痛みなしに歩くこともできなかった。 彼女はほとんどの時間を家の中で過ごしていた。足に合う靴がなかったし、大都市ではたくさん歩かなければならない。それに、家の外へ出るだけでも階段がたくさんあった。 祖母は自分自身を障害者だとは決して考えていなかった。でも、実際には障害があった。 彼女が育った都市では、一時的なものであっても身体障害を抱えることに対する周囲の態度は非常に厳しかった。そのため、自分の痛みや必要としているものについて話すことに、とても居心地の悪さを感じていた。海外の反応 ある程度は社会的な要因もあるのだろう。 たとえば、インドの統合失調症患者は、アメリカの統合失調症患者と比べて、より友好的で穏やかな幻聴を経験したと報告することが多いという研究結果がある。海外の反応 私は東南アジアの国で育ち、その後、若い成人になってからアメリカへ移った。 学校では、障害者に配慮したり、助けたりすることについて教えられたことは一度もなかった。路上で物乞いをしている人の多くは障害者だった。 障害があることに対する偏見はかなり強い。私は、「環境のほうを変えて障害者に合わせる」のではなく、「障害者のほうが環境に合わせて何とかするべきだ」という考え方の中で育った。 これは本当に良くない考え方だと分かっている。でも、私がいた国々で、どれだけ多くの人が無知なのかを示すために話している。 一方で、障害のある人を支援する特別支援学校や団体、仕事もある。ただ、その数は多くない。 私の住んでいた都市には1000万人を超える人がいるのに、視覚障害者のための小さな特別支援学校が一つあるだけだった。 一般的には、「障害者に何かすることを与える」という考え方だと思う。障害者が自分の能力を十分に発揮して人生を充実させられるようにする、という発想ではない。本当にそれができるのは、よほど支援してくれる家族がいる場合くらいだ。海外の反応 あなたが障害者だと考えている人たちは、実際には歩行困難な重度の肥満者や薬物中毒者ではないのか?海外の反応 私は日本に7年間住んでいた。障害者は本当にいつでも見かけた。韓国にも何度も行ったけど、行くたびに障害者を見かけた。 「目に見える障害者が少ない」理由は、単に今まで見ようとしていなかったからだ。 海外の反応>>31 それに、中国や韓国に行ったときは旅行や短期滞在だったんだろう。おそらく、障害者に優しい環境ではない、繁華街のような人口密度の高い場所にいたんだと思う。海外の反応 日本ってそんなにひどいの? 私はずっと日本にいるけど、日常生活で見かける障害者の数がアメリカと比べて大きく違うとは、個人的には感じたことがない。 もしかして、都心部では少ないのかな?住宅街では障害者をいつも見かける。たいていは支援スタッフが付き添っていたり、専用の車両を使っていたり、そういう感じだ。 私の見方が偏っているだけなのかな?海外の反応 日本人の友人によると、日本では障害について話すこと自体に偏見があり、誰かを「障害者」と呼ぶことさえタブーになっているそうだ。海外の反応 私は数か月間日本にいたとき、ほかの場所で見たことのある人数よりも、日常的にたくさんの目の不自由な人を見かけた。 日本では、目の不自由な人でも比較的自立して生活できるからだと思う。 海外の反応ランキング…