
翻訳元スレ主 日本人はなぜ対立やコミュニケーションを嫌うのか? これについて純粋に興味がある。日本人と、日本に住んでいる外国人の両方から意見を聞いてみたい。 恋愛関係では(時には友人関係でも)、なぜ一部の日本人は、対立したり、感情や人間関係の問題について深く話し合ったりすることに抵抗があるように見えるのだろう? 日本人全員がそうだと言いたいわけではないし、一般化するつもりもない。 ただ、私は日本人男性と何度もそういう経験をしてきたし、外国人の友人の多くも似たようなことに気づいている。 何か問題が起きたとき、実際に何があったのかを話し合うよりも、黙り込んだり、その話題を完全に避けたり、話を変えたり、場合によっては突然連絡を絶ったりするほうを選ぶように感じることがある。 私が特に難しいと感じるのは、より深いコミュニケーションがないことだ。親密な関係のはずなのに、何もかも表面的に感じることがある。 私の文化では、誰かを大切に思っているなら、一般的には自分が何を感じているのか、何が嫌なのか、何に傷ついたのか、そして二人が関係をより良くするために何ができるのかを率直に話すことが期待される。 しかし、そういうことを話し合うのを、まるで疫病でも避けるかのように嫌がる日本人もいるように感じる。 これは、日本のコミュニケーション文化や、和を保つために対立を避けることと関係しているのだろうか。それとも別の理由があるのだろう? また、日本人自身も、相手との関係や世代によって、このことを違った形で経験しているのだろうか? 私は自分の経験について単に不満を言いたいのではなく、純粋に文化的な観点から理解しようとしている。 (日本人質問フォーラムへの投稿です) 海外の反応 正直、どう説明すればいいのかよく分からない。 日本人が「コミュニケーションを嫌っている」というより、私たちのコミュニケーションの仕方が他の国とは違う、というほうが近いと思う。 西洋社会から来ると、世界的な文化の両極から一方の極端へ移るようなものだから、相手が非合理的な行動をしているように見えたり、自分にとっては普通のことを避けているように感じたりすることがある。 でも実際には、同じことを別のやり方でやっているだけなんだと思う。 簡単に言えば、私たちの言葉には、文字通りの意味以上のものが込められている。 これは世界中どこでも同じことだと思う。私自身、西部アメリカの文化にも馴染みがあるけど、日本では言われることが、向こうでは言われなかったり、その逆だったりすることが本当にたくさんある。 多くの場合、言われなかったことにも、言われたことと同じくらいの意味がある。 これは日本特有のことではない。 恋愛関係では、これは二人ともそういう違いを理解しようとする気持ちがないと、本当に難しいと思う。それに、意思疎通の食い違いが起こることも受け入れる必要がある。 そうでなければ、どちらか一方、あるいは両方の性格が、相手の文化的な感覚とうまく噛み合っている場合でないと難しいと思う。海外の反応 日本人は「対立を嫌っている」と言うのは、少し大雑把すぎると思う。 私たちのコミュニケーションでは、あらゆる感情や意見の違いを言葉ではっきり表現することよりも、間接的な表現や、言葉にされていないサインを読み取ることが重視されることが多い。 西洋文化では、率直に話し合うことが健全なことであり、親密さの表れだと考えられる。 一方、日本では同じやり方が、場合によっては相手の領域に踏み込みすぎている、あるいは必要以上に対立的だと感じられることがある。 その結果、一方が話し合いを求め、もう一方が対立を避けるために引いてしまい、それによって最初の側がさらに強く話し合いを求める、という問題が起こることがある。 性別や世代も関係している。特に、昔は多くの男性が、感情を表に出さないように育てられていたからだ。海外の反応 私自身、日本人なので、これは個人的にもよく分かる話だ。 日本では、自分の気持ちを完全にさらけ出したり、相手に直接ぶつかったりすることが、必ずしも相手を大切に思っていることを示す最善の方法だとは考えられていない。 時には、相手を傷つけたり、関係を壊したりすることを心配して、あえて何かを言わずにいること自体が、一種の思いやりだと受け取られることもある。 もちろん、それが行き過ぎることもある。居心地の悪さや対立を避けることを気にしすぎると、本当は話し合わなければならないことまで避けてしまうことがある。 だから、日本的な感覚からすると、誰かを深く大切に思っているからといって、必ずしも自分が感じていることをすべて相手に伝えたり、あらゆる問題について率直に話し合ったりする必要があるわけではない。香港>>4 このスレッドには素晴らしくて説得力のある回答がいくつかあるけど、私にはこれが一番響いた。 私は返事をすることは礼儀として必要な行為だと強く信じて育った。 でもここ数年、率直に対立することで関係に生じるリスクや害のほうが、自分の怒りや不満をそのままぶつけずに受け流して平和を保つことによるものより大きい場合には、あえて関わらないことにも価値があると、ますます感じるようになった。 実際、難しくて居心地の悪いことではあったけど、そうしたほうが最善の結果になったケースもある。 これは単なる原則というより、意識と慎重さを持って実践する必要があることだと思う。 率直なコミュニケーションや自由な感情表現が必要な時と場所はある。 健全な関係において、コミュニケーションと透明性が重要なのは間違いない。 話し合わなければならないこともあるし、友人や恋人が自分の気持ちを打ち明けたときには、それを聞けることが不可欠だ。 でも私は、より対立を避けたコミュニケーションの価値も、確実に理解するようになった。 あなたのコメントで印象的だったのは、私はこれを日本文化の特徴だとすら考えていなかったことだ。 ある程度は禅仏教から学んだし、それ以上に、これまでの人間関係を振り返る中で学んだ。特に弟との関係からは大きな影響を受けた。 弟はただ自分らしくいることで、「寛容さ、忍耐、そして人を許すことは、幸せな結末にたどり着くうえで大きな力になる」ということを私に教えてくれた。 ただ思ったことを口にしているだけなので、ここで言っていることは、投稿者の問題にはそれほど当てはまらないかもしれない。 私自身も言ったように、恋愛関係ではどうしても話し合わなければならないことがある。それに、問題を放置すると、かえって悪化したり、緊張が高まったりする傾向もある。 だから、これについて一般的なルールがあるわけではない。本当に必要なコミュニケーションの程度や、対立を避けずに話し合う必要性は、その状況によって違う。海外の反応>>4 日本人は、より控えめなやり方で自分を表現する傾向がある。海外の反応 西洋の人からすると奇妙に聞こえるだろうから、低評価を覚悟して書いてみる。 率直に話し合うタイプの深いコミュニケーションってどうして必要なんだろう? 異文化理解に強い関心がある場合やビジネスの場合を除いて、心理的コストが高すぎるし、人は言葉だけならどんな自己正当化もできる。 相手がどんな人なのかは話し方や振る舞いで既にわかる。 自分の行動原理を尋問される機会は少ないほうがいいし、父親みたいに尋問する側にもなりたくない。 同じ社会的ルールや価値観を共有していないなら、話は平行線に終わるだけだと思う。 ただ、深いコミュニケーションの目的が一方的か相互的な妥協によって決着点を見つけることってことなら理解はできる。(原文)海外の反応>>7 理由は、誰かについて何かを決めつけたとき、多くの場合、その人の全体像を見ているわけではないからだと思う。 私の同僚は、私について最悪のことを決めつけるのが好きだけど、私の立場を見ようとも、聞こうともしない。だから理解できるはずがない。 理由を理解しようとせず、人の行動だけを見て判断するのは、何度も何度も意思疎通を間違えることにつながる確実な方法だ。海外の反応>>7 日本人が長生きする理由は、物事のポジティブな面に意識を向けているからで、それによってネガティブな考え方や不平不満、愚痴、そして人間関係への悪影響を抑えられているのかもしれないと思う。 おそらく日本は離婚率も高くないんじゃないかと思う。家族や年長者への敬意を重視する、かなり親密で秩序立った社会構造があるように見えるからだ。 自分の感情をそのままぶつけることは、社会全体や家族に対する敬意を欠くことになってしまうのかもしれない。 まあ、これは私の推測だけど。 興味深いことに、日本はイスラム教から自国の文化を守ってきたし、カナダや西洋を乗っ取ろうとする計画からも守ってきた。 同様に、中国もイスラム教徒のモスクを禁止し、イスラム教が足場を築くことを許していない。 だから、日本や中国は、必要なときには賢明で、毅然とした態度を取れるんだと思う。海外の反応 詳しいことは分からないので、ここでは一般論になる。 でも、これは「日本文化」全体というより、「日本における恋愛関係や友人関係」として考えたほうがいいと思う。 恋愛や友情は、生きていくために不可欠な人間関係ではない。最悪の場合、関係を切ってしまえばいい。 日本には、一人でも快適に暮らせるだけのインフラが整っているから、現実的に考えると、人間関係を終わらせることによる負担は比較的小さい。 関係を切ることが簡単なら、話し合って関係を修復するよりも、静かに距離を置くほうを選ぶ人が増える。 それに、あなたが外国人であることも、相手がその関係をどう捉えるかに影響している可能性がある。 「誰かを大切に思っているなら、自分の気持ちを話すべきだ」という考え方は理解できる。 でも一方で、相手の行動を変えさせることは面倒なこと、あるいは相手にそんなことを求めること自体、申し訳ないことだと感じる場合もある。 人間関係は、話し合いによって修正していくものというより、自然にうまくいくべきものだと考えられることが多い。 沈黙は「どうでもいい」という意味ではなく、「あなたに負担をかけたくない」という意味なのかもしれない。 だから、具体的な人間関係や話題を明らかにせずにこの質問をしても、焦点の定まらない回答しか得られないんだと思う。 匿名化したうえで具体的な例を一つ挙げていれば、まったく違う反応が返ってきただろう。 海外の反応>>10 これは本当に思慮深くて、よくまとまった意見だと思う。 あなたの視点をありがたく思う。香港>>11 私はこれには反対だ。 興味深い別の視点ではあるけど、恋愛や友情を構造的な分析という観点だけから冷淡に捉えているように感じる。そして、それが当てはまるのは、恋愛や友情をあまり重視しない、あるいはそれほど価値を置いていない人だけだと思う。 日本では孤独を感じている人がたくさんいる(もちろん、それは他の国でも同じだけど)。 だから、恋愛や友情が不可欠ではないという前提だけで説明するのは、現実の人間の感情を捉えきれていないと思う。海外の反応 確かに日本社会は、対立するよりも妥協することを推奨している。 私にとっては、これは大きな長所だと思う。外では、威圧したり、大声で不満を言ったりしなくても、尊重される必要があるからだ。 親しい人間関係については、日本に15年以上住んできた経験から言えることは、一言で言えば「人による」ということだ。 尊重されるために大声を出す必要がないので、確かに人付き合いに最低限の労力しかかけず、深い話を避ける人もいる。 でも、深い話をするのが好きな人もいる。 これはどちらかというと性格の問題であって、日本特有のものではないと思う。 それに、あなたは外国人なので、社交がそれほど苦手ではない可能性が高い(外国人だからという意味ではなく、故郷の外へ旅行することに抵抗がないくらいには行動的だったという意味で)。 そのため、あなた自身が、社会の中でも比較的人付き合いに慣れている側にいる可能性がある。 自分が少数派の人間であることを忘れないほうがいい。 それは日本だけではなく、世界全体でも同じことだ。海外の反応 文章に答えが書いてると思う。その人が話題を避け、フェイドアウトを狙ってるように感じたならそういう関係性だったという事。 親密なはずなのに表面的に感じる→そのまま、親密ではなく表面的な関係だった。海外の反応 私は日本人だ。 日本文化が調和を重視し、対立を避けようとすることによって、深いコミュニケーションが難しくなることはあると思う。 「空気を読む」ことや、場の平穏を保つことが美徳とされるため、本当の気持ちを隠したり、難しい話し合いを避けたりすることにつながることがある。 文化は複雑なものだ。海外の反応 あなたの文化は、なぜそのような仕組みになっているの? ここでその理由を全部説明できるの?海外の反応 文化、価値観、常識、の共有度が高くて言外に通じている事が多いので、つまり普段から楽をしているので、多言を弄する必要が生じると面倒くさくなってしまう傾向はあるだろうね。 「和をもって尊しとなす」という価値観が根強く、ディベートのような教育訓練も明らかに不十分。 感情を抑えて意見を戦わせるには訓練が必要なので、訓練不足同士では不毛な喧嘩となる。初めから対話を避けることでこれを回避する傾向は、「根回し文化」に象徴的に観られる。海外の反応 スルースキルが高いんだよ。海外の反応 日本では伝統的に、村に求められていたのは年貢を納めることくらいで、それ以外の事柄についてはかなりの自治が認められていた。 しかし、処罰は連帯責任に基づいていた。誰か一人が問題を起こすと、その人が所属する集団全体が処罰される可能性があった。 そのため、誰かが集団にとっての裏切り者にならないよう、人々は互いに監視するようになった。 村にはある程度の自治権があったため、村人自身が村の仲間を処罰することもできた。 「村八分」とは、火事と葬式の場合を除いて、村がある人物へのあらゆる協力を拒む慣行を指す。 この制裁を受けた家族は、村のインフラを一切利用できなくなり、最終的には生活していくことすらできなくなった。 このようにして日本人は、「自分が問題を起こせば、周囲の人たちまで巻き込むことになる」ということを徹底的に教え込まれてきた。 それが長い時間をかけて、「他人に迷惑をかけないことが正しい」という日本の文化的規範の形成につながったのだと思う。海外の反応 逆に、なぜ外国人はコミュニケーションを過剰にして、積極的に対立を生み出そうとするのか、と聞いてもいいんじゃないか。 ちょっと立ち止まって考えてみれば、可能な限り対立を避けるほうがずっと理にかなっているように思える。 日本の大都市のように、より狭い空間により多くの人が密集している場合には、なおさらそうだ。 海外の反応 日本人全員がそうだとは言いたくないけど、日本人は自分の気持ちを直接見せるよりも、黙って相手に分からせることを好む。 それはある意味、日本人の美徳なんだと思う。 そういう態度も、そうした考え方から来ているのかもしれない。海外の反応 ボーグはクリンゴン人じゃない。(スタートレックの異星人たち)海外の反応>>22 これだと思う。 日本は集団主義的な社会なので、周囲の日本人もみんな空気を読めることを期待されている。 直接的に言葉にする必要はないはずだ、と考えられている。 残念ながら、まったく違うやり方で人付き合いをする非日本人からすると、これは常に受動攻撃的な態度にしか見えない。海外の反応>>23 実際そうだからだ。 良くも悪くも。(-3ポイント)海外の反応>>24 攻撃的な行動と比べれば、ということだ。 良くも悪くも、どちらかを選ぶしかない。海外の反応>>25 そうだな、私は攻撃的な行動を選ぶ。 どちらも攻撃的であることには変わりないけど、受動攻撃的な態度のほうが、はるかに陰湿で精神異常的だし、そこから自分を守るのもずっと難しい。(-2ポイント)海外の反応 今日まさにこれと同じような経験をしたばかりで、夫(ちなみに日本人)ともこのことについてたくさん話していたので、今日この投稿をするなんて本当に皮肉だと思う。 私は実際、ハーフの日本人だ。正直なところ、ここに長く住めば住むほど、日本人がこのまま対立やコミュニケーションを避け続けると、これからの世代にとってかなり悪いことになるんじゃないかと思うようになった。 それは教育にも関係していると思う。私は日本の学校には一度も通っていないけど、ここでは上下関係が最も重要な要素になっている。 批判的に考えたり、「なぜ?」と質問したりすることは、あまり好まれない。 日本人が不快な話し合いをする能力に欠けているために、多くの人間関係や結婚がうまくいかなくなっていると思う。 家族の中でも、政治について話したり、批判したり、議論したりすることがない。 ハーフである私には、その感覚も分かる。議論や話し合いが好きな文化の中で育っていると、そういうことに疲れてしまう。 でも、やっぱり、どうしても向き合わなければならないことはあると思う。 日本人は、家族や友人、同僚と率直に話し合うよりも、問題を避けるほうを選ぶ傾向がある。 でも面白いことに、日本人は顔や表情でかなり多くのことを伝えている。 だから私からすると、日本人は話さずにコミュニケーションを取っているように感じる。 まあ、そういうものなんだろうけど、部分的に日本で育ったハーフの私からすると、日本社会で最もイライラする部分だ。 スレ主>>27 そうそう、私も彼氏と喧嘩した。 彼の行動で私が嫌だと思ったことがあって、それについて彼に話したんだけど、彼は返事をすることを拒んで、代わりに怒って私を締め出したlol海外の反応>>28 彼はたぶん、自分のやり方をかなり変えるつもりがないんだろう。あなたも同じように、自分の考えを曲げるつもりがないのかもしれない。 自分に問いかけてみるといい。これは本当にあなたが望んでいる関係なのか? もし成長することも、お互いに歩み寄ることもできないのなら、このままの関係で生きていくことを受け入れられるのか? 二人がお互いをもっと理解するためには、それぞれ何を理解する必要があるのだろう?海外の反応>>27 冷笑的に聞こえたらもうjしわけないが、実際に政治に関する議論をうまく行えている国などあるのだろうか? 政治について議論するのが好きな国といえば真っ先にアメリカが思い浮かぶが、まさかあの国が「成功例」だというわけではないだろう? 私見だが、政治とは他人と議論すべきものではなく、あくまで自分自身の考えを形成するものだと思う。 唯一の正解など存在しない以上、議論すること自体が時間の無駄だと思う。 どうしても議論したいのであれば、せめて議論を望む者同士で行うべきだろう。 とはいえ、結局のところ90%の確率でエコーチェンバー現象や対立が生じることになるのあが。 だからこそ日本では、政治や宗教、あるいはスポーツチームに関する話題が避けられるのだ。 正直なところ、「自分には批判的思考力がある」と思い込んでいる人の90%は、実際にはそれを持ち合わせていないと思う。 つまり具体的に言えば、彼らはその議論の先にあるものまで考えが及んでいないのだ。 英語圏にも「沈黙は金、雄弁は銀」という諺があるだろう。 あなたが日本人は批判的思考がないと思うのは、実際はあなたに「空気」を読むスキルがないからかもしれない。海外の反応 私には面倒すぎるように思える。 海外の反応 単純に面倒なんだ。 ほとんど均質な国で、みんながだいたい同じような考え方をしているから、わざわざ合意点を見つけるために努力する必要性をあまり感じないんじゃないかな。海外の反応 ラテン系の人たちがどうやってコミュニケーションを取るのか見てみるといい。 私からすると、あれは疲れるように見える。絶え間ない冗談の応酬、言葉や精神的なやり取り、互いに話を遮ったり、「会話」の途中で相手の発言をあからさまに無視したり、馬鹿にしたりする。 私は、自分の時間やエネルギーの無駄に終わると思うことには関わらない。 私にとって、それこそが成熟するということだ。 無意味な頭の体操を避ける人を見ても、私は同じように考える。 大人だな、と。メキシコ>>33 私の意見では、実際にはまったく逆だと思うlol つまり、あなたが説明したことは、私があなたたち日本人とコミュニケーションを取るときに感じていることそのものだ。 悪気はないけど。カザフスタン たぶん、あなたは下手な日本語で大声を出しすぎているんだろう。アメリカ 対立を好むやつなんているのか?スレ主>>36 誰も好んではいないけれど、恋人とそういう対立的な話し合いをするのは普通のことじゃないの? コミュニケーションを取り、一緒に問題を解決していくものじゃない?アメリカ>>37 そうだが、あなたは「なぜ日本人は対立を嫌うのか」と尋ねたよね。 もちろん、対立が必要な時もあるが、それを楽しむ人がいるとは想像できないlol 海外の反応ランキング…