北米ではダットサンB210として販売されていた、1974年式のB210型日産サニーに対する海外の反応です。↓↓↓以下、海外の反応↓↓↓・あのクルマはまさに交響曲だ、ドアが開く音、閉まる音、ボンネットの閉まる音、その全てが金属と記憶のオーケストラだ。・自分は1977年式のダットサンB210を持ってる。これは自分が初めて手に入れたクルマなんだ。これまでにたくさんのクルマを所有してきたけど、このダットサンだけは絶対に手放さないよ。・自分が運転を覚えたのがダットサンB210だった。家族の中で代々受け継がれてきたクルマだったよ。ボディーカラーはブルーだったけどサビて色褪せていて、いつもガソリンの臭いがしていたね。家族のみんなはそのダットサンが大好きだったから、父親が売ってしまった時は悲しかったなぁ。・1978年式のダットサンB210クーペに乗ってたよ。あのクルマは大好きだった。0-100km/h加速タイムはそれほど印象的ではなかったけど、スピードメーターの針を振り切ったこともある。だから136,000kmも走らないうちにエンジンが壊れちゃったんだろうな。ダートを走り回るのは最高に楽しく、シフトレバーは羽のように軽く、ハンドリングは非常に予測可能なものだった。サビの問題は一度もなかったよ。・B210は大好きだ!1970年代に2台所有していたよ。1975年式のクーペと1977年式のB210プラスだ。どちらも燃費が良く、走りも最高だった。状態のいいものを見つけたらまた買いたいと思ってるよ。・以前の同僚がこれと同じクルマを持ってた。自分はそのデザインに一目ぼれしたよ。後部右側の窓にプラスチック製のネズミの骨格標本が飾ってあったんだが、どういうわけかすごくしっくりきてたんだ。・うちの父親はブルーの1976年式のB210に乗ってたよ。その後は兄が乗り、自分が乗ったんだ。エンジンは250,000kmまで持ったね。最高速度は100km/h程度だったけどね。イグニッションからキーが抜けなくなったのは2回あったし、常にガソリンの臭いがしてたな。キャブのどこかが緩んでいるか、燃料ホースから漏れてたんだろうね。父親はこのクルマがとても大好きで、特にヒーターが気に入っていたよ。当時はアメリカで一番安いクルマだった。3,500ドルだったんだ。・このダットサンは速いクルマではないが、間違いなく信頼性が高く、行きたい場所ならどこにでも連れて行ってくれるクルマだ。クーペのボディもかなりナイスだね。多くの人がその形状を気に入っているようだ。自分も1978年式を持っていて、自分かクルマのどちらかが動かなくなるまで乗るつもりだよ。・ダットサンB210の事はよく覚えているよ。とてもスタイリッシュだと思ってた。一度運転した事があるけど、マジで遅かったな!・おお!素晴らしいB210を手に入れたね。このクルマが新車で販売されていた当時、自分は12歳だった。カローラと同じくらいたくさんのB210が走ってたのを覚えているよ。当時のクルマはどれもドアミラーが片側にしか付いていなかったんだ。・これはまさに所有するのに完璧なクルマだ。・小さいけどクールなクルマだ。自分がまだ子供だった頃、母親がこれに乗ってたよ。あのクルマは壊れなかったなぁ。・あのダットサンB210のエンジン音を聞くと記憶が蘇る。・初めてのクルマが1976年式のダットサンB210だったよ。あれはぶっ壊れるまで乗った。本当に楽しかったな。スタイリッシュでもないし速くもなかったけど、たくさんの思い出が詰まったクルマだった。・このクルマの見た目が気に入った!どれだけ遅くても気にしない!…