1 名前:ばーど ★:2026/07/29(水) 08:45:37.61 ID:YdcBuf8x.net 世界は今、憎悪の時代の真っただ中にいる。移民を排除する壁が築かれ、オンラインコミュニティーにまん延していたヘイトスピーチが街頭に飛び出し、マイノリティーを攻撃する。暴力と搾取の歴史的真実は、フェイクニュースと共に逆方向へと突き進む。ヘイトスピーチを「表現の自由」として受け入れるべきだと主張する詭弁論者たちも公論の場に現れる。 そのような濁流を前にして「差別とヘイトが人を殺す」と声をあげる人物がいる。日本社会のマイノリティーへのヘイトと差別の問題を執ように伝えてきた独立ジャーナリスト、安田浩一さんだ。(略) ■100年前の虐殺、そして虐殺の否定 なぜ関東大震災なのか。今月9日の講演のためにソウルを訪れた安田さんはハンギョレとのインタビューで、「私にとって関東大震災の朝鮮人虐殺は、今も続いている差別と偏見の荒波」だとして、「虐殺は完全には終わっておらず、その種は日本各地で育っている」と語った。虐殺の責任を無視する日本は今も弱者に対する「ヘイトと不寛容、排他と差別にまみれた」社会である理由がここにある。「鮮人(朝鮮人)暴動という流言飛語とそれに便乗した自警団の暴虐は、大正時代の東京の歴史においてぬぐい去ることのできない汚点」(1972年『東京百年史』)であることを認めていた日本は、今や歴史を否定している。1974年以降、朝鮮人犠牲者の追悼式に毎年送られていた東京都知事の追悼文は、2017年に途絶えた。真実と向き合う姿勢は遠のいた。 大韓民国国会は昨年12月、共に民主党のユン・ゴニョン議員が代表となって提出した「関東大震災朝鮮人犠牲事件の真相究明および犠牲者の名誉回復に関する特別法」を可決した。首相室の下に委員会を設置し、最大6年間にわたり関東大震災での虐殺の真相を追及する法的根拠が整備されたが、加害国が認めて反省しない限り「虐殺の犠牲者は眠れない」 そのため、恐ろしい虐殺を告発する安田さんの文章は、檄文に近い激しい口調で書かれている。加害国日本の国民として、良心的な知識人として同氏が抱いてきた惨憺たる思いが、紙面にそのまま表れている。その思いは、まるで昨日起きた殺人事件を目撃した人物の証言のように生々しく迫ってくる。自警団に殺害された朝鮮人に関する当時の日本メディアの記事内容について、同氏はこう記す。「読み直すとうんざりする。(中略)刀で刺される瞬間に叫ぶ朝鮮の男たちに湧き上がった感情はどのようなものだったろうか。怒りか、悲しみか、それとも突然自分に襲いかかってきた不運に対する嘆きか。不合理な殺人を網膜に残して死にゆく彼の最後の叫びこそ、当時の朝鮮人が強いられていた『場』だった」 安田さんは「ノンフィクション作家として、これほど激しい怒りの感情を文章で表現することが正しいのか、今でも確信が持てない」としつつ、「差別に苦しみ、人間としての尊厳さえ否定されてきた在日コリアンたちを多く見てきたので、国の利益のためにマイノリティーに苦しみを強いることに対して、胸が張り裂けそうになるほど心から怒りを感じる」と語った。続けて「少なくとも差別問題や歴史問題には中立などはあり得ず、差別の言葉をまるでひとつの意見のように紹介することに対しては嫌悪感を抱く」と述べた。 激情的だからといってファクトをおろそかにしているわけではない。膨大な量の文献を検討し、虐殺現場を一つひとつ訪ね、韓国と日本の関係者を取材したのはもちろん、当時の日本の自警団が主に使用した武器であるとび口の形状まで追跡する誠実さが印象的だ。堅実な取材を前にして、右翼の詭弁の立つ瀬はないように思える。 「あの虐殺は地震の混乱の中で起こりました」。日本社会の虐殺描写のやり方だ。安田さんはこのような描き方を強く拒否する。「地震はひとつのきっかけに過ぎず、殺意を発動させたのはまさに差別と偏見」だと考えるからだ。関東大震災の虐殺は決してデマの拡散による偶発的な事故ではない。1923年9月3日、内務省警保局長の後藤文夫は全国各地に打電し「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し不逞(ふてい)の目的を遂行」しようとしているとし、取り締まりを要請する。安田さんは「日本は当時、植民地主義を発展させるために朝鮮人を迫害し、殺害した」として、「朝鮮人は日本人よりも下位の階級であるべきで、『人間ではないから殺しても構わない』と考えていた」と指摘した。 「虐殺」はないものの、今日も状況はあまり変わっていない。100年前も今も、政治権力は差別とヘイトを統治技術として利用している。「差別は低コストで人心を掌握できる便利な『政策』」であり、「差別行為に保証書を与えるのは行政」なのだ。 以下全文はソース先で ハンギョレ 2026-07-25 11:07 引用元:…