
この記事のポイント 注目の理由:原口一博が立憲民主党から離党し新党『中道改革連合』を結成。立憲と公明の合流に反発し、自らを『保守で右』と主張する動きが注目 共感ポイント:政策転換で支持層を失った立憲民主党への批判、野田佳彦の言行不一致、公明党との利益相反的な合流への違和感が共感を呼ぶ 意見が分かれる点:原口の『保守で右』という主張の真正性について意見が分裂。過去の左派的言動との矛盾を指摘する声と、政策転換を評価する声に対立 1: 匿名 2026/01/31(土) 09:18:05 ID:x6OQOApq9 【独占取材】「立憲は消えた」原口一博が語る“公明合流”への反発と、新党結成10日間の舞台裏 « 日刊SPA! 投稿日:2026年01月31日 08:48 上杉隆 バックナンバー (※上杉隆氏の記事一覧) 上杉隆 | 記事一覧 | 日刊SPA! 上杉隆|記事一覧|日刊SPA!日刊SPA! 原口一博・前立憲民主党(以下、立憲)衆院議員にとって、激動の10日間だった――。 衆院の冒頭解散を睨み、1月16日、立憲は突如として公明党と新党・中道改革連合(以下、中道)を結成する。 大義なき野合に猛反発した原口氏は、2年前に立ち上げた政治団体・ゆうこく連合の政党化に奔走する。 だが、立憲に離党届を出した20日、ゆうこくに合流が見込まれた議員は中道に入党。 衆院解散前日の22日には、チームみらいに合流を呼びかけるも不発。 ところが24日にかつての盟友・河村たかし前衆院議員と電撃的に合流を果たし、新党「減税日本・ゆうこく連合」の結成に漕ぎ着けた。 翌25日、熱気冷めやらぬ原口氏が、2月3日発売の週刊SPA!インタビューに応じた。 政界を知り尽くすジャーナリスト・上杉隆氏が核心に迫る。 ――理念も政策も異なる公明党との合流でしたが、蓋を開けてみれば、中道には立憲の所属議員148人中144人が参加しました。 原口 「尖閣諸島開拓の日」記念式典に出席した石垣島から帰ってきたら、立憲民主党はなくなっていた……。 新党結成を問う両院議員総会に参加できないまま、野田佳彦代表への一任が決る。 愚かなことをやったものです。 党名に「立憲」と掲げながら、民主主義の根幹である手続きを無視した挙げ句、新党入りした立憲の議員は、議席を与えてくれた民意を裏切ったのです。 ――中道の比例名簿1位は公明党出身議員が独占し、当選を約束されたも同然です。 一方、元立憲の議員は1~2万票といわれる創価学会票を味方に、小選挙区を戦うことになるが、学会の内部文書には「比例区は中道 小選挙区は原則として中道の候補」と記されていた。 原口 元立憲の議員は、比例区での当選も復活もほぼムリでしょう。 選挙の当選を目当てに新党に参加したのに、絶望の選挙戦になる。 かつての立憲支持層はすでに大きく離れており、中道は壊滅的敗北を喫する可能性さえある。 野田代表は民主党政権の首相だった’12年にも同じ過ちを犯し、自民党に政権を明け渡した。 今回も、野田代表は立憲を“売党”して、公明党に譲り渡したに等しい。 ――政局のキーパーソンである高市早苗首相を始め、野田佳彦、斉藤鉄夫(中道共同代表)、そして原口一博、河村たかし(減税日本・ゆうこく連合共同代表)は、いずれも’94年に結党した新進党のメンバー。 当時と比べて、公明党のスタンスに変化は? 原口 まったく違う。 最大の変化は安全保障。 当時、公明党は平和の党で、護憲政党だったのに、今回の新党結成では、立憲の掲げる「安保法制の違憲部分廃止」を取り上げた格好です。 原発政策も稼働容認に踏み込んでいる。 昔なら絶対反対していたのに、そうしなくなった。 当時も今も僕は保守で右だけど、急速に右傾化した公明党に追い越されました(苦笑)。 党派性ゼロ・人柄重視。 他党議員との意外な接点 (略) ※全文はソースで。 【独占取材】「立憲は消えた」原口一博が語る“公明合流”への反発と、新党結成10日間の舞台裏 | 日刊SPA!原口一博・前立憲民主党(以下、立憲)衆院議員にとって、激動の10日間だった――。衆院の冒頭解散を睨み、1月16日、立憲は突如として公明党と新党・中道改革連合(以下、中道)を結成する。大義なき野合に猛…日刊SPA!…