1 名前:ぐれ ★:2026/06/17(水) 21:05:54.61 ID:PlLyrZBM9.net 6/17(水) 11:30配信 AERA DIGITAL 近年、“おじさん”は何かと批判の的になる。40歳を過ぎた“おじさん”はパーカーを着てはいけないとか、絵文字の多用や長文、妙になれなれしい呼びかけをするメッセージが「おじさん構文」だとからかわれるとか、東京都庁がクールビズの一環としてハーフパンツでの勤務を認めると、「おじさんのすね毛は見たくない」といった声が上がる。なぜ“おじさん”は、ひとくくりにしてたたかれるのだろうか。 * * * ■“おじさん”たちに対し「石を投げてもいいだろう」 男性学やジェンダーの視点から「おじさん」という存在の葛藤や生きづらさを分析してきた文筆家の清田隆之さんはこう話す。 「これまで特権的なポジションを中高年男性が独占してきたという、男性優位社会における歴史があって、今までえらそうに振る舞ってふんぞり返ってきた“おじさん”たちに対して、石を投げてもいいだろうという感覚があるのだと感じます。俯瞰してみると、男性がこれまでの社会で享受してきた特権みたいなものに対するカウンターとしての現象という見方もできます」 これまでの昭和的価値観において、若いうちに結婚すべきだとか、化粧がどうだとか、服装がどうだとか、年齢や外見に対する圧力を、社会が女性に強いてきた歴史もある。一方で男性も、ふんぞり返っていた人ばかりではないし、ひとくくりに“おじさん”とはこうだと断ずることはできない。 そもそも“おじさん”といっても、内実は一様ではない。組織内で権限を持つ管理職もいれば、雇用不安や収入減、介護、孤立を抱える中高年男性もいる。にもかかわらず、“おじさん”という言葉がひとくくりに使われることで、個々の状況は見えにくくなる。価値観のアップデートやコンプライアンス順守など、めまぐるしく変化する時勢に息苦しさを抱えている中高年男性も多いはずだと清田さんは指摘し、続ける。 続きは↓ 引用元:…