1: 征夷大将軍 ★ buZ70G+99 2026-02-14 07:48:27 ■もう2度と観ることも語ることもないであろう番組たち (前略) 豪華な出演陣でスタートした「TVジョーカーズ笑」 そんな中、最も短命で、最も忘れられないのが、1983年春、日曜夜8時からの時間帯でスタートしたバラエティ番組『TVジョーカーズ笑(ショー)』だ。といっても今や幻の番組、覚えてる方もほとんどいないかもしれない。コントに歌、ゲームで構成され、当時隆盛を誇った田辺エージェンシーのタレントたちが総出演。堺正章、中原理恵、研ナオコ、高見知佳、タモリ、東八郎、小坂一也、チャンバラトリオ、と人気者が勢ぞろい。作家陣も高田文夫、高平哲郎、喰始、景山民夫、松岡隆など、テレビを代表する顔ぶれで、日本の放送作家の半分以上が参加していると言われた。 日曜8時のゴールデンタイム、春のイチ押し番組として大々的に番宣を展開し、1983年4月編成最大の目玉番組だった。NHKは大河ドラマ『徳川家康』、日本テレビは『久米宏のTVスクランブル』、フジテレビは『オールスター家族対抗歌合戦』、テレビ朝日は『西部警察』。この激戦区に堂々と勝負を挑んだのである。しかし実態は、4月17日第1回の世帯視聴率が1.9%…… この数字は “目の検査” といわれ、なんと初回放送翌日に打ち切りが決まるという前代未聞の事態に。結果6月まで、放送本数9本という信じられない幕切れとなってしまった。スタート時に並んでいたそうそうたるTBSのプロデューサー陣も、豪華な作家陣も最後にはほとんど誰も残っていなかった。 ■テレビ裏面史に残る幻の番組 番組の内容も今思えば試行錯誤の連続で、わけのわからない内容。堺正章が老俳優という設定で演じたコント「日常佐半次(にちじょうさはんじ)捕物帳」。捕り物の最中に雪が降ってきて、上からゴンドラに乗った歌手のアダモが「雪が降る」を歌いながら登場するというシュールなコントもあった。また、堺正章が頭頂部の長ーいカツラをかぶった “ムンズリ星人” のコントもみごと不発に終わってしまった。 また、大惨事寸前だったのが「女子大生対抗象乗りゲーム」。スタジオに本物の象を入れてロープをかけ、2つの大学の女子大生たちがそれぞれ飛び乗って、どちらがたくさん象に乗れるか人数を競うゲームだった。番組ではこのコーナーのために、群馬サファリパークまで出むいて、番組で象を購入するという力の入れようだった。しかし第1回の収録で、それまでおとなしかった象が、女子大生を乗せたまま興奮して暴れ出し、振り落とされないようしがみつく子や、泣き叫ぶ子はいるわ、あわや大惨事になるところだった。当然この企画は即刻中止。 その後その象がどうなったかは定かではない。ことほどさように不幸の連続だったこの番組、ビートたけしが桂邦彦プロデューサーの『笑ってポン』と並んでよくネタにしていた。ディレクターの1人だった私も、また担当していた他のスタッフたちも、その後この番組の話題をすることは無く、自身のキャリアからも封印して抹殺したほどである。これだけのスターをそろえ、最強のスタッフと大々的な宣伝を展開して惨憺たるこの結果。『TVジョーカーズ笑』はまさにTBSの暗黒史、テレビ裏面史に残る幻の番組である。 ■「ザ・ベストテン」の後継番組、「音楽派Together」 そしてもう1つ、忘れられない短命番組が、1989年、『ザ・ベストテン』終了後に後継番組としてスタートした『音楽派Together』である。1989年10月スタート。司会は『ザ・ベストテン』に続いての黒柳徹子、相手役は高田純次。『ザ・ベストテン』のランキングを排除し、5?6組のゲストを招き、歌とトークというオーソドックスな音楽番組だったが、わずか1クール、全10回で同年の12月に放送が終了した。 ゲストには人気の、X(現:X JAPAN)、徳永英明、森高千里、浅香唯、近藤真彦、光GENJI、爆風スランプ、ハウンドドッグ、Wink、五木ひろし、TUBE、チェッカーズ、荻野目洋子など。当時の『ザ・ベストテン』とほぼ変わらない顔ぶれだったが、いかんせんランキングも無く、『ザ・ベストテン』以上の数字など望むべくもない。初回こそ11%だったが、2回目以降は、平均7%、結局たった3か月で打ち切り。その後の番組は準備してなかったため、3か月間『怪傑黄金時間隊!!』として単発企画でしのいでいった。 何10年も続いたゴールデン-プライムタイムの音楽番組としては、この後2年9か月後に『突然バラエティー速報?COUNT DOWN100』が始まるまで途絶えてしまった。『ザ・ベストテン』の栄光の影で、みんなに忘れられ消えていった不幸な番組。しかし今、そんな番組が妙に愛おしく、忘れがたい記憶となっている。 リマインダー2/14(土) 6:00…