1: 昆虫図鑑 ★ 2025/10/08(水) 08:51:38.17 ID:VR2kOzq+ 韓国政府関係者の話を総合すると、韓米関税交渉が膠着状態に陥った理由が明らかになる。韓米は7月末、関税交渉に妥結した際に口頭で合意した。米国が要求する3500億ドル規模の対米投資ファンドについて、韓国は融資や保証中心の間接的投資を行うと理解した。韓国政府関係者は「書面による合意がなくても、口頭での合意は十分に堅いものだ」と自信を見せた。しかし、その後の交渉過程で米国は大半は現金による投資だと解釈した。それぞれが有利な方向に解釈した「同床異夢」を合意だと信じたのだだった。「交渉」と呼ぶには恥ずかしいレベルの致命的な誤解だ。 米国が今さら違うことを言いだしたのかもしれない。韓国政府関係者も「私たちが知っていた米国ではない」と語る。備忘録を作成したというが、口頭合意の危険性を認識しながらも、重要な争点を書面で明確にできなかったことはミスと言わざるを得ない。「私たちが知っていた」という認識は結果的には安易だった。国益が懸かった厳しい交渉テーブルで「同盟国である米国がまさか」と思ったのだろうか。自国の利益が絶対優先である国際交渉の舞台で、それもトランプ氏が大統領を務める米国を相手にそんな考えだったとすれば、我々は相手のことをまともに知らなかったのだ。 世界の貿易史には米国との交渉で多くの国々が残した痛恨の軌跡が至るところに残っている。遠い国の話ではなく、日本の経験が物語っている。「メード・イン・ジャパン」が米国市場を席巻すると、米国は1985年にプラザ合意を強制し、円の価値を2年間で2倍に高騰させた。輸出を閉ざされた日本は資産バブルで活路を見いだし、その結果「失われた30年」という深い泥沼に陥った。1986年の日米半導体協定は世界の半導体市場を席巻していた日本の芽を摘んでしまった。日本の青年は正社員になれず、非正規雇用に追い込まれた。引きこもりのような就職放棄者が相次いだ。米国との一度の交渉が一世代の暮らしを変えたことになる。 日本はそれでも持ちこたえた。世界最大の債権国であり、製造業の技術力と資本の蓄積があったからだ。それから40年たち、日本は再び米国に背中を押されて5500億ドルという巨額の対米投資を約束した。日本の専門家は「持ちこたえられるだろうか」と不安を口にした。 韓米関税交渉では米国の素顔も露呈したが、韓国の貧弱な能力も浮き彫りとなった。為替面・金融面での競争力の弱さ、過度に米国に依存する輸出構造など、日本とは比較できない韓国経済の基盤の弱さが明らかになったのだ。3500億ドルという要求のうち、韓国が現金を拠出できるのは200億ドル未満とみられる。当初韓国政府が考えた現金割合5%がちょうどその水準だ。韓米間の無制限通貨スワップが結ばれれば、その余裕は幾分増えるだろうが、日本が持ちこたえられる水準とは次元が異なる。 「我々が知っていた米国」という無駄な期待はさておき、断固たる決意と戦略で交渉に臨まなければならない。「自分が強くならなければ、どんな同盟も我々を守ってくれない」という冷徹な自覚が決意を支えなければならない。米国を変える力がないならば、根本的に変わらなければならないのは韓国の方だ。日本が持ちこたえたのなら、韓国は変わらなければならない。しかし、権力を握った側は、産業と金融の実力を育んで地力を養うのではなく、権力の私有化、世論を意識したポピュリズム政策に埋没している。企業を締めつける反市場的な立法、財政健全性を害するばらまき支出、産業競争力強化よりも分配を優先するスローガンにこだわっている。米国の圧迫に「驚いた」と言いながら、「屈辱は交渉団が味わえばよい」という具合に権力争いにだけ没頭するのは無策、無責任だ。このまま進めば、今の我々が最も豊かで、後は没落の一途をたどるかもしれない。 李吉星(イ・ギルソン)記者…