「最初から“異物”のようだった」 わずか3試合でレバークーゼンを追われたテン・ハーフ監督を現地メディアは酷評!「自己過信が強すぎて学ぼうとしない」 レバークーゼンは現地9月1日にエリク・テン・ハーフ監督の解任を発表。7月1日にシャビ・アロンソ(現レアル・マドリー)の後任として同クラブに到来した55歳のオランダ人指揮官は、わずか62日間、公式戦では3試合、ブンデスリーガでは2試合(1分け1敗)を終えたところで、その任務から離れた。 アヤックス、マンチェスター・ユナイテッドといった名門クラブを率いたテン・ハーフに対し、驚くほど早期の解任を決断したレバークーゼンのスポーツ部門CEOのシモン・ロルフェス氏は、「彼は驚き、失望していた。それは人として当然だ。我々にとっても難しい決断だった」と、通達時の監督の反応を明かすとともに、解任理由を語っている(ドイツの日刊紙『Bild』より)。「このままでは、正しい方向に進まないと感じ、間違ったゴールに到達する前に、このタイミングで決断を下した。我々には、新しい選手がいる。彼らに重要なのは、チームの方向性の明確さだ。しかし、(テン・ハーフには)それが欠けていた。もちろん、すぐに全てが機能するとは考えていない。しかし、選手たちがピッチ内外で調和し、再び強い一体感を持つ、本当に良いチームになるためにはプロセスが必要だ。そのためには、明確さと指針が不可欠だった」 CEOはテン・ハーフ招聘が間違った判断だったとして自身のミスを認め、「当初考えていたようなものではなかったと認めざるを得ない。おそらく、両者にとってそうだったのだろう。厳しい決断だが、早期に線を引く方がよりフェアだ」と指摘。ブンデスリーガ第2節でブレーメンに3-3で引き分けた試合が解任の決定打になったという情報は否定し、「衝動的な反応ではない。プレシーズンでの印象や、最初の試合からの流れによって決まった解任だ」と主張した。 これに対し、テン・ハーフ前監督は通達を受けた当日に代理人を通じ、「レバークーゼンの首脳陣が私を解任するという決定を下すとは、全く予期していなかった。リーグ戦をわずか2試合終えた時点で、クラブが監督と袂を分かつのは前例のない人事である」との声明を発し、以下のように続けている。「今夏、これまで成功に貢献してきた多くの主力選手がチームを離れた。新しく、まとまりあるチームを築くには、時間と信頼を必要とする。新監督には、自身のビジョンを実行し、基準を打ち立て、チームを形作り、プレースタイルに自らの刻印を押すだけの自由が与えられるべきだ。私はこの職に全面的な確信とエネルギーをもって就任したが、残念ながら経営陣には、私に必要な時間と信頼を与える用意がなかった。それを強く残念に思う。この関係は、決して相互の信頼に基づいたものではなかったと感じている」 さらに「シーズンを通して指揮を執った全ての年に、私は成功を収めてきた。私に信頼を寄せてくれたクラブは、成果とタイトルで報われた」と語り、自身に対して早々に見切りをつけたレバークーゼンを批判したテン・ハーフだが、『Bild』紙は彼に対して極めて厳しい見解を示した。「解任のタイミングは一見すると驚きを与えるかもしれない。しかし、クラブの事情を深く知る者にとっては、テン・ハーフをめぐる展開は全く驚くべきものではなかった。プレシーズン、ポカール、ブンデスリーガにおいて、チームのパフォーマンスはあまりにも弱々しかった。そして、内部からの批判のリストもあまりに長かった。チームの中に構造が欠けているのも明白だった。選手たちはまるで、『自分たちは何をすべきか』というアイデアを探しているかのように見えた」 チームのコントロールが全くなされていない事実を指摘した同メディアは、また「テン・ハーフはマンUでもそうしていたように、マネジャー的役割を担いたがったが、それは不可能だった。彼はまた、攻撃陣の補強について『我々には武器が必要だ』と公然と主張。これは、すでに手元にいる選手たちの気分を害し、クラブ首脳陣への挑発と受け止められた。家族的な雰囲気を持つレバークーゼンで、彼は最初から“異物”のようだった」と、所属先のやり方を尊重しない姿勢にも厳しく言及している。 そもそも同メディアによれば、今夏に「第一候補」として招聘されたのではなく、セスク・ファブレガス(コモ)に断られたため“仕方なく”選ばれたというテン・ハーフだが、スポーツ紙『kicker』は、「アヤックスでのトータルフットボールによって欧州を魅了した彼は、また若手の育成能力も有していて、レバークーゼンのニーズに合った人材だった」と綴っているが、残念ながら良い面ではなく、懸念点が前面に出されてしまったのだと指摘する。 「彼はイングランド時代から『傲慢で頑固』と見られていた。さらにマンUでチームマネジャーを務めていた時代には、自身の責任で過度に高額かつ失敗に終わる補強を繰り返し、世界的クラブを長期的な衰退へと導いた。それでもドイツでは、監督業に専念すれば機能するだろうと考えられていたが、やがてレバークーゼンは彼の自己過信が強すぎて学ぼうとしない性質に気づき、唯一正しい結論を出した。異例の早さで区切りをつけたのだ」 国外の反応を見ると、英国の日刊紙『THE Sun』は、ブラジルでのトレーニングキャンプでフラメンゴのU-20チームに1-5の大敗を喫して大恥をかいたスタートから、主力選手の大量流出、ブレーメン戦でパトリック・シックとエセキエル・パラシオスのPKのキッカーをめぐる口論を展開した件など、この夏にテン・ハーフを襲った「災い」の数々を紹介している。 一方、『The Guardian』紙は、この解任劇を「監督とクラブの双方にとって残酷な結末であり、歴史的な失敗だった。ブンデスリーガの歴史で、新監督を任命してわずか2試合で解任したクラブは存在しない。しかしテン・ハーフは、結果だけでなく、内容でも納得させられず、チームを正しい方向に導くリーダーシップもなかった」と伝えた。† Red Devils Manchester United 1983 †…