
転載元: 冬月記者 ★ 2026/04/22(水) 00:27:34.77 ID:oOEReyrW9 江川卓氏「この一日だけは何にも拘束されないと説明を受けた」空白の一日について初激白 プロ野球レジェン堂出演 プロ野球、巨人OBの江川卓氏(70)=野球評論家=が21日放送のBSフジ「プロ野球レジェン堂」(火曜後10・0)に出演した。親交の深いフリーアナウンサー、徳光和夫(85)に激動のプロ野球人生の真相を告白した。 話題は〝空白の一日〟が生まれた1978年のドラフト会議に及んだ。当時米国のロサンゼルスにいた江川氏は知り合いの和食店で記者会見をする予定だったが、日本にいる父親から国際電話が入り、緊急帰国した。 「夜中に親父から電話ありまして。日本に帰ってこいって。巨人に入れるかもしれないからっていう電話でガチャっと切られた。当時、国際電話は高いんで、すぐ切っちゃうんですよ」 要領を得ないまま、深夜に帰国し、翌朝早く起こされて、説明を受けた。 「朝7時ぐらいに起こされて、文章(野球協約)を見せられました。ドラフトの(前の)前の日までクラウンライターから(球団譲渡された)西武に指名権はありますよって書いてあるんですね。で、その次の日(ドラフト前日)からないという風に書いてある」 いわゆる野球協約の盲点だった〝空白の一日〟について説明を受けた。 「この一日だけは何にも拘束されないと説明を受けたんですよ。なるほどね…て思ったんですよ。うん、そういうことかと。ずるくてやるんじゃないんですと(話を聞いた)」 セッティングされた記者会見は1時間後に控えていた。説明を受けた江川氏もモヤモヤしていたようで「いや、ちょっと待ってください。これ、もめないんですか」と質問した。 居合わせた関係者に「ええ、もめません。条文が正しいんだから、それに従ってやればいいことなんで」と告げられ、「大丈夫なの?」と聞いた父親にも「お前が読んだ(野球協約)通りだ」と背中を押された。 「(そう)言うから、わかりましたってハンコを押したんですよ」と舞台裏を明かした。 そして記者会見場に足を運ぶと、報道陣はすでにエキサイト。「ずるいぞー、卑怯者みたいな…」雰囲気に支配されていた。 カメラがセッティングされる途中に「興奮しないでやりましょう」と呼びかけた一言が、切り取られ、繰り返し報じられた。 「もう小意気ですよね。この野郎みたいな。でもびっくり。なんでこんなにもめんの? もめないっていう風に書いてあんだけどっていう感じですよ。いくら(会見で)説明しても全部テレビってカットできるので」 この会見のやり取りもあって、悪役イメージが固まった。「30年ぐらい続きましたね」と話していた。 ★空白の一日 法大・江川は4年時の77年に「意中の球団以外は指名しないで」と異例の会見を開いたが、ドラフトではクラウンライター(78年オフに西武が買収、交渉権も引き継ぐ)が指名。江川は入団を拒否して米国へ留学した。翌78年11月20日に緊急帰国し、ドラフト会議前日の21日に巨人と電撃契約。 当時の野球協約には前年の交渉権はドラフト会議の前々日までとされており、ドラフト前日=「空白の一日」は自由に契約できると巨人は主張した。しかし、セ・リーグの鈴木龍二会長は巨人の支配下選手登録申請を却下。巨人はドラフト会議を欠席し、交渉権は阪神が獲得した。 日本中を騒然とさせた事態は、金子鋭コミッショナーの〝強い要望〟で江川は阪神と契約、翌79年1月31日、キャンプイン前日に小林繁とのトレードで巨人に入団することで決着した。…