
1 私が東大から香港に移ったわけ 研究費と待遇に圧倒的な格差が生じている 物性理論の研究で知られる渡辺悠樹氏が、このほど東京大学准教授の職を辞し香港科技大学物理学科教授に就任した。「量子物性理論の中堅世代では世界でも10本指に入る」(オハイオ州立大学教授の押川正毅氏)と言われる渡辺氏が、今後の活躍の場を香港と定めた経緯からは、科学研究をめぐる状況が激変するなかで人材獲得に突き進む香港と、思うように動けない日本の状況が垣間見える。移籍直前の2月、渡辺氏に話を聞いた。 渡辺悠樹(わたなべ・はるき) 香港科技大学物理学科教授。カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.取得。マサチューセッツ工科大学研究員、東京大学准教授などをへて現職(撮影:的野弘路)。 ——海外の大学に転出しようと思ったきっかけは何ですか。 東京大学の准教授に就任してから7年たち、そろそろ教授の道を考えたいと思っていました。ただ東大にはポストの空きがなく、京都大学など複数の国立大学に応募しつつ、海外にも目を向けました。香港科技大学は以前から出張で何度も訪れており、「いい話があったら教えて」と話してありました。日本でも面接に呼んでいただきましたが、香港から頂いた条件が圧倒的によかったので、移籍を決めました。 ——具体的にはどんな条件ですか。 まず研究室を立ち上げるための資金として、最初の5年間に約1億円の研究費をオファーされました。東大では教授の場合、年間約200万円、初年度は準備資金としてさらに200万円を頂けますが、これでは全然足りません。私はこれまで科研費(国による競争的資金)に採択して頂いて、年平均で約500万円を得ていましたが、例えばポスドク研究員を雇おうとすると給与だけでも年額500~800万円が必要で、断念せざるを得ませんでした。香港ではスタートアップ資金が年間2000万円になるので、私にとって初めてのポスドク採用を進めています。 給与も大幅に違いました。これまで准教授だったときは、年額で約1000万円でした。教授の場合、クロスアメント(複数の機関で働くこと)の有無などにもよりますが、最高でも2000万円ほどでしょう。ただ日本では国立大学の教員を採用する際、給与の額を事前に伝えません。国が定めた俸給表はありますが、手当などが大学によって異なり、実際の金額は着任して給与が振り込まれるまでわからないのです。一方、香港では給与はもちろん、住居費の補助、健康保険、年金、引越し費用まで、すべてオファーの書類に明記されています。給与以外の部分も日本より格段に手厚く、総額でこれまでの3倍程度になりました。そうした待遇や諸条件の透明性も、移籍を決めた理由です。 全文は下記 5 これが現実 11 研究者にとって1年は大きいからな。 研究費1億円と1千万円だと研究成果が全く違ってくる。…