191: 名無し:15/05/08(金) 00:05:38 ID:PF0 連休に地元に帰った時に、昔住んでいた地域の近くに用事があったので立ち寄ってみた。 色々と思い出したので書き込んでみる。 私が産まれ育った家は、田舎の寂れた港町にある古い府営団地だった。 近隣の住人が「団地の子とは遊んだらあかん」って言うのも納得出来るような、しょーもないスラム街の様な所だった。 壁はスプレーで落書きだらけ、公園の備品はすぐに壊されるので何も置いていない、自転車やバイクは盗まれる方が悪い。 小学生はスーパーで万引きした戦利品を自慢しあい、中学生は煙草や酒を持ち歩かないとなめられる。金属バットで殴り合いの喧嘩もよくあった。 母子家庭や生活保護が多く、放置子やクレクレは溢れ返っていた。 頻繁に泣き声や怒鳴り声や物を壊す音が響いていた。うちの母もよく発狂して暴れていたから文句は言えないけど。 孤独死した老人の遺体は年一回くらい見つかるし、近くの浜辺で死体が埋まっていてニュースになったこともあった。 私はそんな中で極力目立たないようにして生きていた。 私の家の斜向かいに、某宗教信者の母子家庭の家があった。 子供が3人いて、私と年が近かったけど親同士が仲が悪かったのでほとんど交流はなかった。…