1 名前:ひぃぃ ★:2026/02/14(土) 21:21:21.44 ID:imFqEgGv9.net どうも!東京育ちのくせに「うちの実家は東京とは言っても寂れてるから…」とほざく人間が大嫌いな田舎者の松本ミゾレです。お前も月9が土曜夕方に再放送される地獄に送ってやろうか? ということで今回は、田舎にまつわる悲しい話。テーマは衰退する地元です。僕の出身は宮崎県。もう何年も地元に帰っていない。何故なら帰る理由がないから。数年前までSuicaも使えなかった。今は使えるようになったらしいが、当時はコンビニでしか使えなくて絶望した。(文:松本ミゾレ) ■「駅前の商店街がほぼシャッターが閉まった店ばかり」 先日、ガールズちゃんねるを見ていると「あ、うちの地元もうダメみたいって思ったこと」というトピックがあった。ここには、地元が徐々に寂れていき、昔あったモノ・文化が喪失していくことを嘆く地方民たちの声が色々と寄せられている。 なんとなく今日は悲しい気持ちに浸りたいという人たちのために、いくつか引用させていただこう。 「百貨店のない県になってしまった」 「通ってた小学校が少子化で廃校になった」 「力のありそうなチェーン店すら撤退していった時 ミスドも丸亀もなくなっちゃったよ」 「大昔からあった銀行の支店が撤退した」 「駅前の商店街がほぼシャッターが閉まった店ばかり」 「産科がなくなった」 「バスの本数減った…運転手さん、いつもありがとう」 と、地方あるあるの衰退事例がよりどりみどり。僕が今住んでるところもそんな感じで、駅前商店街はシャッター、シャッター、靴屋、シャッターみたいな感じになっている。往来しているのは老人か外国人ぐらいになってしまった。 悲しいけど、これが地方の現実というか、まあ順調に終わりに近づいてる証左よね。 ■30年ぐらい前の地元は今より遥かに活気があったなぁ… 最近は衆院選もあったので、失われた30年みたいなワードを聞く機会も多かった。僕は今年で42になるけど、まさに氷河期直撃とまではいかないけど、それなりに冷遇をされてきた世代という感覚はある。 30年前。つまり1996年ぐらいか。その頃我が家は親が離婚して数年経過し、宮崎県の椎葉村から延岡市ってとこに移住してたんだけども、思い返すと当時の延岡にはデパートが4つはあったっけ。 映画館は2軒だったかな。もっと昔の最盛期は10軒近い映画館もあったらしい。延岡市は旭化成の創業の地であり、ガチガチの企業城下町。その関係から労働者も多かったし、小学校も1,000人規模の生徒がいた。 割と地方都市としては栄えていたような気もする。夏場には花火大会も市が開催してたし、折に触れて市主導でお祭りだのイベントだのもやっていたし。 それが2000年代に入った辺りからかな。まずデパートが1つだけになって、ジャスコができて。そのぐらいからもうヤバかった商店街もシャッター通りになっていった。ちょうど初代ペルソナのアーケードぐらい、開いてる店と閉店した店が半々ぐらいになっちゃって。 自治体主催のイベントも気付くとある年を境になくなってしまっていた。昔はいっぱいあったんだよ。変なサルのモニュメントを掲げるパレードとか。 2007年に地元を離れてしまったけど、今は当時よりもさらに過疎化も進んでいて。特に自治体が運営していたハコモノがもうなくなってたりする様子だ。まあ維持も金がかかるもんね、それなら潰して駐車場にでもした方がいいか。 で、ふと「衰退してるのは間違いないし、さぞ空き家バンクも掘り出し物物件がよりどりみどりなんだろう」と思って自治体HPから掲載されてる空き家を検索してみた。するとまあ、あるにはあるんだけど、なんか高いんだよね。戸建てですぐ住めそうな家屋だと650万とか700万とか。 これがもうちょっと安ければそろそろUターンを考える出身者もいそうなものだけど……ううむ、なんでこんなに高いんだろうか。内部はリノベーションしてるってのはあるんだろうけど、それだったらそのお金を別の地域への移住に使うよね。 賃貸の場合は戸建てで5.5万とかなんだけど、これもそんなにお得には思えない……仮に帰郷するにしたって、もうちょっと先になりそうだ。 そもそもの話、我がふるさとも他の地域と同じく、もう発展性はないし。昔は活気もあって若者も多かったんだけど、人がいなくなるって寂しいね。 2026年2月14日 6時1分 キャリコネニュース 画像 引用元:…