1: 少考さん ★ wn/0QlTU9 2026-01-12 15:06:20 日本のことは大好きなのに...難民認定を却下された少女に、入管が放った“衝撃の一言”(池尾 伸一) | +αオンライン | 講談社 2026.01.12 池尾 伸一 ジャーナリスト/東京新聞編集委員 ――「この国に生まれたことが、罪ですか?」 日本で生まれ、日本語しか知らずに育ちながら、在留資格を持たず生きる子どもたちがいる。国民健康保険にも入れず、進学や就労の道も閉ざされ、強制送還の不安と隣り合わせの日々を送る。 子どもたちを物語の主役とした書籍『仮放免の子どもたち』では、データや政策を整理したコラムも収録し、外国人政策の「今」を描き出す。 *本記事は、池尾 伸一『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(26年1月22日発売)の一部を抜粋・編集しています。 昭和歌謡が大好きなナイジェリア人高校生 セシリアは編み込みの長い髪が似合う、アフリカのナイジェリアからきた高校3年生の18歳。バドミントン部のキャプテンも務める元気いっぱいの女性だ。日本語はネイティブと変わらない。埼玉県からほとんど出たことがないのになぜか、関西弁がまじる。「いいやん」、「なんでやねん」。YouTubeのお笑い番組で覚えたのだという。 そして、「昭和歌謡」が大好きだ。カラオケの18番は山口百恵の『プレイバック Part2』だ。いつも口ずさむのは嶋大輔の『男の勲章』。 9歳の時にナイジェリアから両親と2人の妹と一緒に日本にやってきた。 「最初に驚いたのが、道路の脇の排水溝にフタが全部しめられていることでした。ナイジェリアはフタがなく汚水が流れてましたから。あー、日本ってきれいな国なんだなとビックリしました」 「向こう(祖国)は電気も通っていない家ばかりで、発電機を持っている家はすごいと言われました」 「テレビがある家には見たくて人が外まで並んでいた。虫やでっかいネズミがちょろちょろしていました」 本当は小学校4年生の年だったセシリアは、1歳年下の妹のジュリーとともに1年生のクラスに入れられ日本語の勉強から始まった。「4年生なのに小さい子と勉強するなんていやだった」。2年たつとようやく日本語でしゃべれるようになり、友達もできた。 「給食もご飯とかみそ汁とか最初はまずくて食べられなかった。チャーハンにもびっくり。ご飯に何してくれとんねん、て。でもすぐに全部大好きに変わりました」 キリスト教の牧師だった父トーマスと母クリスティは、イスラム教の過激派「ボコ・ハラム」を恐れて逃げてきた。ナイジェリアのタリバンともいわれる組織で、キリスト教徒のいる村を襲撃して人々を殺害したり誘拐したりしていた。母は両親と兄を殺され、父も、自分の母親は誘拐され、父親は殺されたという。 「絶対に期待するんじゃないよ」 しかし、逃げてきた日本では入管庁は難民と認めてくれなかった。セシリアが中3だった7月には家族全員の在留資格がなくなってしまった。 「その時のことは、はっきり覚えています」 東京入管に両親と行き、入管の担当者が、在留カードを渡すように言うので、3人が渡すと、パンチで穴を開けられた。返しながら入管の担当者が言った。「もうこれであなたたちの在留資格はなくなりました」と。そしてセシリアに向かってこう言った。「あなたは大きくなっても仕事はできません。在留資格がないと無理だよね。絶対に期待するんじゃないよ」 さらに続けた。 「だから、頑張って大学行ったって意味ないよ」 衝撃を受けたセシリアに、帰り道で父と母はこう言ってなぐさめてくれた。「入管の言うのは嘘だよ。18歳になったらちゃんと在留資格をもらえるから安心しなさい」 それからが入管との「闘い」の始まりだった。 「あれから、マジ入管、嫌いになった」 在留資格がないと本来は収容されるが、一時的に解放された「仮放免」という状態だ。両親は働くことも禁止。県外に出るのも入管の許可がいる。健康保険も適用外という厳しい条件だ。 NEXT ▶︎めぐってきたテレビ出演のチャンス (中略) (※外国人当事者及び家族は注記のない限り仮名。敬称略。当事者らの年齢は取材時点。) 『奨学金まで借りたのに専門学校に入学を“拒否”され…「在留資格」を得られないナイジェリア人高校生を襲う苦境の連鎖』へ続く。 ※全文はソースで。…