
転載元: それでも動く名無し 2026/01/11(日) 10:29:41.10 ID:2EJ1ze+w0 会見を拒否したのは、2024年シーズンにも2試合あった。それと2025年は4回だから、合わせて6回になる。すべて東京ドームの試合で、いずれもふがいない結果に終わっている。 もしもあなたが監督だったら、こんな状況でも会見を受けますか? 自分が監督だったとして考えてみてほしい。情けない負け方をしたとき、試合後に冷静にふるまえる自信があるだろうか。私なら頭に血が上って、「アホか! こんな試合やってられるか!」と逆上してしまう。冷静に振舞える自信などないし、コメントする気力すら失せているかもしれない。 「あの選手はアホか!」 「バカのひとつおぼえみたいに、おんなじ失敗を繰り返しやがって」 などと、感情の赴くまま選手を批判しようものなら、間違いなく大バッシングを受けてしまう。 一方で長嶋さんと原前監督は、どんな試合内容であっても会見を開いていた。阿部監督との違いはどこにあるのか考えてみたい。 もちろん「ファンが自分のコメントに注目してくれている」という思いもあっただろう。だが、一番大きいのは、「自分に自信があるから」だ。簡単なようで、なかなか真似できることではない。 「他人の目を気にしない」ところが長嶋さんと原には見受けられる。自分のコメントによって多くの批判が来ようとも、「ああ、そうですか」と軽くいなせる余裕がある。つまり、人並外れて神経が図太いのだろう(本人たちはそんなことをまったく考えていないはずだが)。 長嶋さんと原といえば、学生時代からマスコミの注目の的だった。長嶋さんは立教時代、原は東海大相模時代から全国区の人気を誇っていた。神宮のダイヤモンドを颯爽と駆け回る長嶋さんと、持ち前の華やかさで甲子園のスタンドを沸かせた原。 「自らの発言に対して、ファンがどんな反応をするのか」と考えるよりも、「周りがどうこうではなく、自分はこう思っている」と率直に主張できる点が、2人の共通項ではないだろうか。 大学時代の阿部監督も、ドラフト上位での指名が確実視されていたほど、名の知れた選手だった。だが、あくまで野球ファンの間での「有名な選手」である。それゆえに、阿部監督は長嶋さんや原とは違って、「普通の人の感覚」を持ち合わせていたと考えられる。 2: それでも動く名無し 2026/01/11(日) 10:29:56.40 ID:XJdtf8pL0 擁護風ディスで草…