人を和ませるような「おかしみ」を指す、「ユーモア」。世界的に会話の中で日常的に用いられ、相手を和ませたり、場の空気を和らげたりと、人と人とのコミュニケーションを大いに助けています。しかしユーモアは「越境性」に乏しいため、異なる社会のユーモアは理解しにくく、翻訳が困難であると指摘する学者もいます。今回の翻訳元のアメリカ出身の投稿者さんも、ユーモアは越境性に乏しいと考えているようで、アニメなどのメディアで見られる日本のユーモアに対し、以下のような見解を述べています。「日本と西洋ではユーモアの種類が大きく異なっている。率直に言って、日本の笑いというものは、実質的に日本人にしか理解できないものだ。彼らの駄洒落の使い方は60年代のアニメよりも質が低く、あらゆるジョークを解説する役割の人間(ボケとツッコミ)を軸にした特殊な笑いのジャンルまで存在している。 面白いと思える日本のコメディが1つある一方で、日本人だけが面白いと感じるものが他に100は存在する。世界のほとんどの人々にとって、『その状況にふさわしくない台詞を吐く』というボケのスタイルは、決して大爆笑するようなものではない。例えばアニメ『クレヨンしんちゃん』で、学校から帰宅した際に『いただきます』と言うネタなどは、翻訳のしようがないし、正直なところ全く面白くない。もし海外での吹き替え等において、同じようなふざけたニュアンスを伝えるために、帰宅時のセリフを別の滑稽な言葉に置き換えたいのであれば、それは正当な判断だと言えるだろう」上記の見解は、「日本のメディア作品の中のユーモアは、英語のユーモアに置き換えるべきか否か」という議論の中から派生したものなのですが、上述の「日本のユーモア」の話題の方が盛り上がり、多くのユーザーがリポストすることで、さらに議論が白熱しています。関連投稿に寄せられた反応をまとめましたので、ご覧ください。「この日本人は笑いの神だ!」 日本の人気芸人が英語で外国人を爆笑の渦に…