親戚の集まりに、ちょっといいものを一品だけ持って行った。褒められて悪い気はしなかったし、その日はむしろ気分がよかった。ただそれが、以降の祝日という祝日で自分の役回りを固定してしまうとは思っていなかった。海外の掲示板に投稿された、たった20分の料理から始まる長い長い話。日本でいえば、正月に一度おせちを作ったら翌年から当たり前のように任される、あの感じである。 ※注:サンクスギビング(感謝祭)は11月の第4木曜にあたるアメリカの祝日で、親族が一か所に集まり、七面鳥を中心にした料理を大人数で囲む、一年で最大級の食事の日。クリスマスと並んで、招かれた側が料理を一品ずつ持ち寄る「ポットラック」形式が一般的で、誰が何を持ってくるかは回を重ねるうちに自然と固定されていく。また文中の「ハラペーニョ・ポッパー」は、ハラペーニョ(青唐辛子の一種)の種を抜いてクリームチーズなどを詰め、ベーコンで巻いて焼いた定番のおつまみのこと。 何をやらかした? 📌 2年ほど前、親戚の集まりに持って行くものを「簡単なのに見栄えのする料理」と検索して決めた投稿者。出てきたベーコン巻きハラペーニョを20分で作って持参したところ、その場の全員が絶賛。以来すべての集まりで同じ料理を作り続ける係になり、もう自分では好きでもないのに、今年のクリスマスには40個を焼くことになっている。 事の発端 検索窓に打ち込んだのは「簡単 見栄えがいい」 2年ほど前のこと。投稿者は叔母の家で開かれるサンクスギビングに、何か一品持って行く必要があった。料理が得意なわけでも、これといった得意料理があるわけでもない。そこで、多くの人がやるのと同じことをした。検索窓に「簡単で見栄えのする料理」と打ち込んだのである。 そうして出てきたのが、ハラペーニョをベーコンで巻いて焼くだけの一品だった。工程はほとんどない。種を抜いて、詰めて、巻いて、焼く。かかった時間は20分ほど。本人いわく「とりあえず手ぶらで行かずに済めばそれでよかった」程度の心構えで、投稿者はそれを皿に載せて叔母の家へ向かった。 叔父の「人生で一番うまい」 ところが、卓に出した瞬間に空気が変わった。全員が我先にと手を伸ばし、口々に褒めはじめる。叔父にいたっては「今まで食べた中で一番うまい」と言い切った。作り方を教えてくれと何人にも聞かれ、投稿者は生まれて初めて一流の料理人になったような気分を味わった。 本人は正直に書いている。あのときは本当にいい気分だったと。20分の手間でこれだけ喜ばれるなら安いものだ、と思ったのも無理はない。問題は、周囲がその一品を「今年のごちそう」ではなく「これからも毎年出てくるもの」として記憶してしまったことだった。 やらかしの一部始終 気づけば何百個 次の集まりでも、その次でも、投稿者はハラペーニョを持って行くことになった。誰かが正式に頼んだわけではない。ただ、行けば当然のようにその皿の置き場所が空けてあり、「今年のあれ、ある?」と聞かれる。断る理由も特に思いつかないまま、投稿者は毎回作り続けた。 そうして2年。もう何百個作ったか分からない、と本人は書いている。そして正直なところ、自分ではもうそれほど好きでもない。同じ工程を、同じ手つきで、同じ数だけ繰り返しているうちに、味の記憶より作業の記憶のほうが濃くなってしまった。それでも、やめる方法が見つからない。 「別のものにしようかな」と言った日 去年、投稿者は一度だけ勇気を出した。「今年は違うものを持って行こうかな」と口にしてみたのである。返ってきたのは叔母の即答だった。「だめだめだめ、みんなあなたのハラペーニョを楽しみにしてるんだから」。 そして叔父は、まるで投稿者が「今年の祝日を中止にする」と宣言したかのような目でこちらを見た。この一瞬で、投稿者は自分の立場を理解した。これはもう好みの問題ではなく、家族行事の構成要素なのだ、と。以来、その提案は二度と口にしていない。 その後 そして今、投稿者はクリスマスに向けて40個ほどのハラペーニョを仕込もうとしている。その数を数えている最中に、ようやく自分が何に足を踏み入れたのかを自覚したという。「自分は永遠に、集まりのハラペーニョの人であり続けるのだ」——投稿の締めくくりはその一行だった。 もちろん、これは幸福な悩みの部類に入る。20分で作れて、材料も高くはなく、家族全員が心待ちにしてくれている。それでも「一度うまくやってしまったせいで、以後ずっと同じ役を割り当てられる」という構造そのものには、国も料理も関係なく身に覚えのある人が多いだろう。職場の忘年会で一度いい店を押さえたら翌年から幹事、年末に一度そばを打ったら実家の年越しは毎年こちらの担当。褒められた瞬間が、そのまま契約書のサインになっていたというやつである。 海外の反応 1. やらかし名無しさん 少なくとも20分で終わるもので固定されたのは不幸中の幸いだよ。これが一日がかりの料理だったらと思うと寒気がする。まだマシなほうだと思っておこう。 2. やらかし名無しさん(>>1への返信) ほんとそれ。うちは「絶対これがなきゃ困る」枠が三層重ねのケーキと、祖母のキャンディードヤム(サツマイモを砂糖とバターで甘く煮た定番の付け合わせ)でね。作業が早い私でも下ごしらえから4時間コース。20分の人と代わってほしい。 3. やらかし名無しさん(>>1への返信) 私はビーフウェリントン(牛ヒレ肉をパイ生地で包んで焼く、失敗が許されないごちそう)で自分を縛ってしまった。あのとき手を抜いてベーコン巻きにしておけば、毎年12月に胃を痛めずに済んだのに。 4. やらかし名無しさん うちの兄はデビルドエッグ(ゆで卵の黄身をマヨネーズなどで和えて詰め直した定番の前菜)で同じ道をたどった。たまに別のものを持ってくると、食卓全体がかすかにざわつく。もはや料理ではなく儀式の一部になっている。 5. やらかし名無しさん で、肝心のレシピは? ここまで散々「みんなが絶賛した」と読ませておいて作り方が一行も書いてないの、生殺しにもほどがあると思う。 6. やらかし名無しさん(>>5への返信) 正体がごく普通のベーコン巻きハラペーニョだと分かった瞬間の、この拍子抜け感たるや。いや美味しいのは知ってるけど、前振りの盛り上がりに対して着地が近所のスーパーすぎる。 7. やらかし名無しさん(>>5への返信) どうせ毎年作るなら、いっそ燻製器に1時間半ほど放り込んでみてほしい。ベーコンの脂があるから、うっかり忘れて長めに置いてもむしろ美味しくなるんだよ。担当を降りられないなら、せめて格を上げる方向で。 8. やらかし名無しさん 自分はいつの間にか公式パン係になっていた。友人にパン焼き機を借りてレシピを少しいじったら、売れるレベルのものが焼けてしまって、以来みんな帰りに持ち帰りたがる。実作業は30分なのに、もうすっかり嫌になっている。 9. やらかし名無しさん 子どものころ「あいつは料理ができない」と思われていたおかげで、クリスマスは何もしなくてよかった。ある年、人手が足りなくて仕方なく台所に立ったら全員が仰天し、それ以降は毎年指名。今では家族の前でだけ、意図的に無能なふりをしている。 10. やらかし名無しさん(>>9への返信) うちの娘は嫁ぎ先で「かぼちゃ担当」に認定された。本人はかぼちゃが好きでもないし手間もかかる。ところが実は、婿が工程を楽しむ人で毎回黙って作っていて、娘は最後に上から何かをふりかけるだけ。褒められるたびに二人で目配せしているらしい。 11. やらかし名無しさん うちの母はルイジアナ出身で、教会の集まりにダーティライス(ひき肉と野菜を炒め合わせて炊いた南部の郷土料理)を持って行ったのが運の尽き。次の回に持って行かなかったら「あのお米はどこ?」の大合唱で、以来わが家は永久に「あのお米の人たち」になった。 12. やらかし名無しさん 自分はスモークサーモンのディップ担当を長くやってる。クリームチーズと燻製鮭と紫玉ねぎを混ぜるだけの代物。ただ正直これは助かってもいて、親戚の何人かは本当に料理が壊滅的なので、少なくとも自分が食べられるものが必ず一皿ある状態を確保できている。 13. やらかし名無しさん 私は何年も家族から「クッキーの人」と呼ばれていた。数種類を大皿に盛って毎年持って行くのは、バターも小麦粉も労力も相当なもの。だからある年きっぱりやめた。レシピはいくらでも教えるけど、作るのはもう私じゃない、と宣言した。数年は文句を言われたが、それだけだった。 14. やらかし名無しさん(>>13への返信) その「それだけだった」がすべてを物語ってるよね。抜けたら大惨事になると本人だけが思い込んでいて、実際に抜けてみると誰も死なない。問題は、宣言する日の朝の心臓に悪さなんだよなあ。 15. やらかし名無しさん こういう役目を「もらってしまった」人には、むしろ胸を張って引き受けてほしい。会ったこともない世代の親族にまで語り継がれる存在になれるし、家族の歴史に一本の糸を足すことになる。ついでに、若い子を台所に呼び込む権限まで手に入る。悪い話じゃない。 16. やらかし名無しさん(>>15への返信) 言ってることは全面的に正しいし、じんとくる。ただし、その尊い伝統の重みは今まさに40個分のハラペーニョとして投稿者の手元に降りてきているわけで、精神論だけでは種は抜けないのであった。 17. やらかし名無しさん 友人にこう言われたことがある。「一芸に縛られる運命なら、その一芸はいいやつにしとけ」と。自分は自家製ワカモレと燻製肉で固定されたけど、少なくとも自分が誇れるものではある。投稿者のハラペーニョもその条件は満たしてる。 18. やらかし名無しさん みんなが心待ちにしている一品の人でいるほうが、毎年誰も手をつけない皿を運んでくる人でいるより、はるかにいいと思うよ。後者は本人が一番気づいていないから、なおさら救いがない。 19. やらかし名無しさん うちは18年連続でチョコレートクッキーが「あって当然」の扱いになってる。ほぼ砂糖とチョコで、形を保つ最低限の小麦粉しか入っていない代物なのに。ただ今年は残念でした、こちらは旅行に行くことにしたので。 20. やらかし名無しさん 自分は逆をやった。付き合いはじめの頃、彼女が家族に「彼は料理がうまい」と吹聴しまくったせいで、初対面の集まりで過剰な期待をかけられてね。そこで自分はハムを巻いたバナナのオランデーズソースがけを持参した。冗談だと明言したうえで、以後は毎回「かろうじて食べられる何か」を持って行く伝統を作った。 21. やらかし名無しさん(>>20への返信) それはそれで、別種の終身刑では……。しかも年々ハードルが上がる方式だから、逃げ道としては投稿者のハラペーニョより過酷な気がする。何年目で品切れになるのか純粋に気になる。 まとめ 検索して出てきた20分の料理が想定外に受けてしまい、以来すべての親族の集まりで同じ一品を作り続ける係になった投稿者。コメント欄はほぼ全員が同じ道の先輩で、4時間かかるキャンディードヤムやビーフウェリントンで自分を縛った人たちからは「20分ならまだ勝ち組」という声が相次いだ。中には堂々と引退を宣言して切り抜けた人もいて、案外まわりは何も言わないらしい。一度うまくやると担当が固定される現象は、正月のおせちでも忘年会の幹事でも変わらないようだ。 元ソース: 一度だけ感謝祭にいい料理を持って行ったら、それがもう自分の仕事になっていた The post 「だめだめ、みんなあなたのハラペーニョを楽しみにしてるの」親戚の集まりで一品だけ褒められた結果… appeared first on やっちまった!海外のやらかし告白.…