1: 2025/02/17(月) 12:44:52.29 ID:3hq2HGvK0 事件発覚まで 編集 この元教諭は1988年にマニラ市内の日本人学校に派遣され、この時から買春を行っていた。現地の風俗店で数百円を上乗せすれば性行為をできると知ると「安いな。たくさんの女性とできるな」と思った。帰国後は年に3回の休暇を利用して計65回現地に渡り、1日に10人の女性を買春していたと計算された[1]。 買春した女性からの許可を得て写真を撮って保存すると言う行為も行われていた。フィリピンでは10-70代の計12660人の女性を買春してこれらの人物の写真が保存され、その総数はアルバム計400冊に147,600枚であった。そしてそのうちの1割は18歳未満であった[1]。 宿泊していたホテルに1回で何人もの女性を持ち帰るという行為を1日に3-5回行っていた。売春婦への支払額は一律約2600円であり、合計約3300万円を買春に費やした[2]。1回で持ち帰った人数は最大で14人で、1日に50人の女性に挿入したこともあった[3]。 なお、彼は女の子の学費を援助した事もあり、被害者の女性は皆彼に対して好印象を抱いていたと言う。[4]。…