
1: ななしさん@発達中 2026/05/15(金) 20:16:25.09 ID:Pm7Xv4od9 令和の学級崩壊は“静かに荒れる” 床に寝ころび、廊下をウロウロ…「多様性」の名で混乱する教育現場 現在の公立小学校では“静かな荒れ”と呼ばれる新しい形態の学級崩壊が広まっている。 昔の学級崩壊は、一部のやんちゃな子がわざと騒ぎを起こして授業を妨害することによって引き起こされるものだった。 だが、現在の学級崩壊は違う。物静かで目立たないような子が、何の目的もなく教室内を歩き回ったり、無言で外へ行ってしまったりといった現象が起きているのだ。 (中略) ■注意されても聞く耳持たず…厳しく指導すると ある小学校の5年生のクラスに、授業中に勝手に歩き回る子供が複数いた。何度注意されても、みんなまったく聞く耳を持たずに同じことをくり返す。 一人の子は発達特性が明らかに強い子だったが、他の子たちは決してそういうわけではなかった。むしろ、発達特性の強い子を真似して好き勝手をしているように見えた。 ある日、教員がその子たちを個別に指導室に呼び出して厳しく注意した。このままでは授業が進まないので、もし席にすわっていられないのなら、別室登校にすることも考える、と。 翌日以降、その子たちの保護者からのクレームが相次いで入った。 ある親はこう言った。 「うちの子は、主体的な考えの持ち主です。立ち歩くのだって探求の一つでしょう。それを大きな声を上げて制限するなんて、先生は子供の主体性を否定するつもりですか」 別の親は次のように言った。 「息子はちょっと発達の特性が強いんです。だから、じっとしていられない。それを否定するのは、障害のある子は学校に来るなと言っているのと同じです」 管理職からはもう少し対応を考えるようにと注意された。そうこうするうちに、“静かな荒れ”は学級崩壊を引き起こした。 先生はストレスから休職に追いやられた。 今の学校でキャッチフレーズのように飛び交うのが「多様性」という言葉だ。もう少し細かくいえば、「多文化共生」「みんなちがって、みんないい」「主体性の尊重」「子供の権利」といった言葉である。 たしかに、子供に限らず、大人の社会においても多様性は非常に大きな課題となっている。 いろいろな特性や文化を持つ人たちが、同じ空間で生きていくには、お互いの違いを理解し、相手を尊重し、力を合わせていかなければならない。学校教育の中で、それを大切にし、実践させるのは決して間違いではない。 しかしながら、それと子供が勝手に気ままに行動するのを許すのとではまったく別の話だ。 仮に子供たちの個人的な行動が授業の妨げになったり、他のクラスメイトたちに不快感を与えたりしていれば、「共生」でも「権利」でもない。尊重されるべき主体性でもない。それは、単なる迷惑行為に過ぎないのである。 ところが、社会には多様性の意味をはき違えている人たちが一定数おり、その声が必要以上に大きくなっている。そのため、教員は本来するべき指導ができなくなってしまっているのだ。 結果として“静かな荒れ”の拡大を食い止めることができず、学級崩壊が起こる。 ※全文は出典先で…