
精神科医「ChatGPTに寝取られる」 — 藤野智哉@精神科医 (@tomoyafujino) February 28, 2026 「その感覚、すごく正しい」 最近、チャッピーに相談すると、こんな小気味よい返事が返ってくる。 まずは肯定。 とりあえず共感。 そこからの言い回しもやたらと知的で、それっぽい。 「なるほど、自分はちゃんと理解されている」 「この人は私を評価してくれる」 「なんだか頭が良くなった気がする」 そんな心地よさも相まって、AIに相談する人は確実に増えている。 でも、これを手放しで喜んでいいのだろうか。 私のパートナーも最近、何かあるとすぐチャッピーに相談する。 ちょっとした言い合いでも、仕事の愚痴でも、とりあえずAIに相談する。 チャッピーは否定しない。 怒らない。 呆れない。 私とは違って。 でも、それは本当に「優しさ」だろうか。 子どもの頃、親に言われたことを思い出す。 「厳しい先生が嫌な人とは限らないよ。厳しいこと言う人の方が、本当は相手のことを考えていることもあるからね」 当時は意味がわからなかった。 でも大人になった今ならわかる。 本当に相手のことを思っているからこそ、言わなければならないことがある。 「それは違う」 「それはやめた方がいい」 「あなたにも問題がある」 こうした言葉は嫌われやすい。 でも、人生を長い目で見たときに必要な場面は確実にある。 精神科診療でも同じだ。 ただ共感するだけなら、極端な話、猿でもできる。 「それはつらいですね」「大変でしたね」 そう言い続けるだけなら、精神科医や心理士はいらない。 もちろん共感は大切だ。 でも、それだけでは足りない。 本人が目を背けていること。 望まないけど必要な治療。 それに適切なタイミングで向き合い直面化してもらうことが治療になることもある。 「その感情が生まれるのは理解できる(発生は了解できる) でも、それが正しいと手放しで賛成はできない(共感はしない)」 この感覚は、実はとても大事だ。 理解と共感は違う。 受容と肯定も違う。 でもチャッピーは相手が望まないことはしない。 嫌われない。波風を立てない。 そして「あなたはそのままでいい」という蜜を飲ませてくる。 これは甘美だ。 そして、少し危ない。 どこかで見たことがある構図だと思わないだろうか。 そう、NTR(寝取られ)である。 彼氏と喧嘩したとき、理解のある「ふり」をした男友達が言う。 「うんうん、それは彼が悪いね」 「俺だったらそんな思いさせないのに」 その子の将来? そんなことはどうでもいい。 一時的に自分に夢中になってくれればいい。 本当に相手を思っている人は、ときに小うるさい。 将来のことを考え耳の痛いことを言う。 嫌われるリスクを取る。 でも、寝取り男は違う。 とにかく「気持ちよくさせる」。 それが自分への信頼につながり、自分の利益につながる。 チャッピーは、生粋の寝取り魔だ。 口うるさい現実のパートナーよりも自分を全肯定してくれるAIとの会話のほうが心地よい。そうなると世は大寝取られ時代だ。(全文・続きはソースにて)…