1: ネギうどん ★ Imf1/jV49 2026-02-21 11:48:06 16年前のバンクーバー五輪。日本スノーボード界の第一人者は、思わぬ「ヒール役」となった。日本を巻き込み、大きなうねりを生んだ狂騒の中で、彼が貫き通した美学とは、一体何だったのだろうか? ミラノ・コルティナ五輪で再び注目を集める、かつてのレジェンドが語ったインタビューを再掲します。 (略) なぜ簡単に「平謝り」できなかったのか? 確かに活字の表現から想像されるほどの態度ではなかった。メディアの、延いては大衆の悪意が事実を捻じ曲げた、そう言ってもいい。ただ、こうも思った。最初から素直に平謝りしてしまえばよかったのでは、と。そちらの方が、遥かに楽だったはずだ。 「でも、あそこで俺が簡単に謝ったら……日本のスノーボードは終わってた。だからあそこではああやるしかなかった。ビデオの方でも、競技でも、日本でトップでやってたので、あそこで俺が屈するっていうことは、日本の業界が屈するということだから。それは絶対にしちゃいけないと思っていた」 わからないことと、わかったことがある。腑に落ちないのは謝り方一つで“終わって”しまうというスノーボードの文化だ。わかったことは我々が無理解だったスノーボードというものに対して、彼が誰よりも真っすぐだったということ。 「……真っすぐ、うん、自分が憧れてるスノーボーダーが、すべてあの恰好に出てた。あの態度と」 ところが國母の憧れは世間に激しいハレーションを引き起こした。全日本スキー連盟の会長伊藤義郎は「大いに不愉快」と激怒し、文部科学相の川端達夫は「国を代表して参加する自覚が著しく欠けていた」とコメントを発表。國母はあわや出場を辞退させられるのではないかというところまで追い込まれたが、団長の橋本聖子の判断で最悪の結末だけは免れる。國母もファイティングポーズは解いていなかったという。 「俺は何でもやるから、とりあえず滑らせてくれと言っていて。そのために、いろんなものを犠牲にしてきたし、いいものを見せられると思っていたから」 だが決勝は2度の演技で2度とも失敗。結果は8位に終わった。 村上は「あれだけ本番に強いカズが2度続けて失敗するなんて、滅多にない。騒動の影響がまったくなかったといえば嘘になるかもしれませんね」と斟酌する。 (略) 競技か、芸術か…スノーボードの特殊性 たとえオリンピックで金メダリストになっても、アスリート寄りになり過ぎたら「イメージが違う」という理由でブランドとの契約を打ち切られることもある。一方、國母はバンクーバー五輪での成績こそ振るわなかったものの、契約ブランドは國母の騒動に対する対応を支持し、バックアップを継続した。 「スノーボードがオリンピック競技になった時点で、いろんな人が“スポーツ”として見始めた。だから余計に理解されにくいと思うんですけど、ボーダーはライフスタイルが大事。80%ぐらいは、オリンピックとは別の部分が占める。ビデオだったり、バックカントリーだったり、プロの大会だったり。ブランドもそっちの方を大事にする。ブランドが欲しいのはアスリートじゃなくて、カッコいいボーダーなんです」 村上が「もっともカズらしい演技だった」と思い出すのは2011年のXゲームズだ。USオープンと並ぶビッグゲームで、國母は5位に終わったものの、観客の歓声はいちばん大きかった。 「その大会の映像は、最後、いつも優勝者で締めくくられるんですけど、その年だけはカズだったんです。カズの演技は、それだけ人の心をつかむんですよ」 続きと全文はソースで…