引用元: それでも動く名無し 2026/01/11(日) 07:15:24.45 ID:+xzP3rlG0 怪我を乗り越えて掴んだプロ野球人生だった。沖縄水産で甲子園準優勝を果たした大野倫氏。1人で773球を投げ抜いた右肘は限界を迎え、野手として大学、プロと歩みを進めた。波乱万丈の野球人生と、巨人時代に受けた“衝撃の指導”を振り返った。 大学2年で日本代表に選出され、小久保裕紀氏や仁志敏久氏らと共に日の丸を背負った。4年時には福岡六大学リーグで当時の新記録となる通算18本塁打を放ち、プロからの調査書は8球団届いた。そして1995年、ドラフト5位で憧れの巨人に入団することになる。 そんな中、忘れられない思い出がある。当時ヘッドコーチを務めていた原辰徳氏とのエピソードだ。 「原さんには本当にチャンスを頂きました。ある時、球場のサウナでたまたま一緒になったんです。そうしたら、素っ裸のままで『こう立ってみろ、こう振るんだよ』って熱血指導が始まって(笑)。バットもないのに構えてね。いい思い出ですよ」 4: それでも動く名無し 2026/01/11(日) 07:15:58.21 ID:3HN8xb150 バットはあるじゃん…