10月が怖い韓国の科学者【コラム】(朝鮮日報) 1年12カ月のうち韓国の科学者たちが「なくなってほしい」と考えるのは10月だ。ノーベル賞受賞者が発表される10月になると身も心も萎縮し、どこかに消えたくなるほどだという。ただ昨年はノーベル物理学賞と化学賞でAI(人工知能)関連の研究が注目を集めたため、韓国が科学分野のノーベル賞を受賞できないことへの負担はまだ軽かったようだ。 ところが今年は日本人研究者が生理学・医学賞と化学賞を受賞し、再び日本と比較されてしまった。日本ではこれまで物理学賞12人、化学賞9人、生理学・医学賞6人と合計27人が科学分野のノーベル賞を受賞したが、韓国からはまだ1人も出ていない。 (中略) 日本政府は2001年に科学技術基本計画を発表し、その中で「今後50年でノーベル賞受賞者を30人輩出する」という目標を掲げた。その後01-25年の受賞者は20人を超えた。すでに目標の3分の2を達成したのだ。 これに比べて韓国政府はノーベル賞受賞者数の具体的な数値目標はない。韓国も20年前にはノーベル賞を目標に「国家碩学(せきがく)」と呼ばれる制度を導入した。当時韓国政府は「国家碩学選定者は今後ノーベル賞受賞につながる研究力を強化し、国の名誉を高めるだろう」「長期かつ安定した研究を保障し、若い研究者にとって尊敬の対象になるよう支援する」と宣言していた。 ところがそれから4年で国家碩学の看板は下ろされリーダー研究に改編された。まさに竜頭蛇尾だ。国家碩学を掲げた当時の教育人的資本部(省に相当、以下同じ)は2008年の部処(省庁)再編で科学技術部と統合されて教育科学技術部となり、この象徴的な制度は事実上消え去った。国家碩学に選定された研究者は38人だが、その多くがすでに定年を迎えている。彼らの一部は定年後、韓国国内で安定した研究環境が提供されないため中国の大学に迎えられ、後進の指導に当たっている。 (引用ここまで) ありましたね、国家碩学制度。 ノ・ムヒョン政権時代に制定されて、把握しているかぎりでは2005年に11人、2006人に10人、2007年には15人が選定されています。 2005年の年末頃にはファン・ウソクのES細胞捏造事件が暴露されて、韓国の科学界がしおしおになっていたのですけども。 なんとかノーベル賞をって意味もあって数年で数十人の学者が選ばれていました。 ただまあ、うん。 初年度は物理、化学、生物学。2年目も数学、物理、化学、地球科学の学者が選ばれたのですが。 3年目に文系も入ってきて「ううん?」ってなって、2008年には省庁改編で立ち消えになったっていう。 最大10年間、毎年1〜2億ウォンの支援金が出るって制度で制度設計自体は悪いものではなかったと思うんですけどね。 韓国の「パルリパルリ精神」には合致しなかったのでしょう。 もちろん、ノ・ムヒョン政権からイ・ミョンバク政権になっていつものちゃぶ台返しがあったと見るべきでしょう。 そのイ・ミョンバクが制定した基礎科学研究院(IBS)もムン・ジェイン政権で潰されたわけですが。 まあ、基礎科学が根付くわけないわな。 なお、国家碩学制度で初年度に認定されたかたたちは定年後、韓国国内で職を得ることができずに中国が三顧の礼と研究所設立で引き抜いたそうです。 韓国は「国家碩学1号・2号」も追い出し、中国は研究所を建てて迎えた[人材を吸い込む中国](中央日報) そのうちのひとりは前述のIBSに所属していたカーボンナノチューブ関連研究をしていた教授だそうです。 イ・ミョンバク政権時代に職を得た人物は、現在のイ・ジェミョン政権下では肩身がせまいのでしょうね。まあ、しゃあない。 それが韓国ってもんです。 note.comで楽韓noteマガジンを発刊しました。月に6〜800円くらいになる有料記事が全部読めて月額500円。だいぶお得になってます。 中味は長編記事。最新の記事は「 やはりアメリカから軽視されていた韓国・検証編 」となっています。 Twitterで更新情報をお伝えしています。フォローはこちらから→Follow @rakukan_vortex…