
朝鮮総督府は結局金泳三政権のときに取り壊された1995年のことである。韓国は独立したあとも政府の行政機関として利用していた建物だこれについて代表的な意見をいくつか紹介し自分の考えを述べたい まず結論から言うと解体自体は仕方ない決定だったとは思ってるしかし後から考えると移転とか別の方法もあったほうがよかったかなという考えも浮かぶ 1 文化財としての保存価値あくまで私個人の意見だ。 歴史は良い面も悪い面もある。良い歴史だけでなく屈辱的な歴史もあわせて記録し記憶してこそ正しい未来につながるそして失敗の歴史から学ぶことのほうが未来に役立つのだ屈辱を経験した歴史からより多くのことを学べることがある 朝鮮総督府という建物自体は近代史の建築物であり当時としてはそれなりに最新式の建物でもあったため歴史的にも建築学的にもそれなりに価値のある建物だったと思う 昔は日本の朝鮮総督府だったが我々は独立をつかみ取り自分たちの物にしただから行政機関として韓国は長い間使っていた 我々は屈辱歴史を経験したが克服して前へ進んで来た象徴でもあったわけだこうふうに意味づければ建物を有効利用できたはず 2 場所の問題 そうは言いつつ建物が立っていた場所は昔から朝鮮の王様が住んでいた場所だ そこにドンとふさぐように建てられた 場所がひどく悪い そんなところにわざわざ日本は建てたのだ。この意図を考えると韓国人として腹が立つ堂々と朝鮮宮殿の前を塞いでしまったのだから解体しないわけにはいかないだろう 特に朝鮮の景福宮は当時の風水や当時の基準で最大級に考え抜き 立地条件などを徹底的に検討して建てられ そこの朝鮮総督府を立てたのはかなり悪意があると言わざるえない 多分賛否両論あったが解体した最大の理由あるいは大義名分はこれだったのではないだろうか 3 1995年という時代 日本の支配が終わってからずっと残っていた朝鮮総督府の建物もっと早く解体しようと思えばできたはずだ。つまり独立した年にやろうと思えばできたしかしこれが解体されたのは1995年。いったいこの年に何があったのか? とにかく前の政権の時までは軍事政権で国内が慌ただしく余計なことができなかったしかし金泳三政権がそれなりに最初の文民政府となったその前の1980年代までは軍部独裁や学生運動などで民主化運動が熱かった時期朝鮮総督府なんか考える余裕はなかった解体するお金もなかったのもあるだろうそれと大韓民国の経済成長に日本が欠かせなかったのですこの関係を壊すわけにはいかないだから日本を刺激する解体なんかはできない雰囲気だったしかしちょうど金泳三政権の時期は日本のバブル経済がはじけて一度奈落に落ちるやや日本の影響力が弱まる 当時の金泳三政権も初期の支持率急騰期を過ぎ数々の事件事故などで民心が荒れていたここで何かしないとヤバいんじゃない?と思った政権の頭に何かが浮かんだそうです。爆破パフォーマンスですレーダー網を駆使し何を破壊しようかなと考えひっかかったのが朝鮮総督府だった 結論 個人的にはどこかに移転させ歴史学的建築学的に価値のある建物を活用する案がよかったのではないか? 実際に解体に際して政府内部には反対意見や移転しようとの意見も少しあったようです 私たちの痛ましい歴史の記憶として象徴的な意味合いだけでも残しておくのは良いという考えです 解体したのが正しかったのか間違っていたかを言うつもりはない実際に解体しちゃったんだから今からでは手遅れだしでもやはりどこか移転して、例えば少し離れた場所とかですね 歴史を記憶しておくほうが良かったと思う 韓国の反応 ・多分スレ主さんは若くて昔の時代を知りませんね 一つ分かっていないことがある。当時の国民感情だ。恥辱の歴史でしたからね。もちろん残しておくことも意味があることはあるかもしれませんが国民的な共感は得にくかったはず。あんなものを見に日本人観光客たちが団体で来るということが起こるんです。実際にそうだった。当時はかなり国民感情に逆らうことだったんですよ ・しかし日本が建てたソウル市役所の建物やソウル駅の建物は解体しませんでした ・場所がね。やはり最終的にそうなったのは場所の問題だよ ・もうひとつ追加。金泳三だから。あいつは日本が大嫌い ・移転するのが正しかった ・韓国人の性格が出たんですよね 引用元…