自分の名前すら思い出せない状態で、街をさまよっていた男性がいた。男性の記憶が戻ったのは6年10か月後。新しい仕事を始めて、わずか2週間後のことだった。海外の掲示板では「仕事のストレスで記憶を失い、新しい仕事で治った男性」として話題になったが、元になった医学論文を読むと話は少し違う。しかもこれは、北海道大学の医師たちが報告した、札幌生まれの男性の症例だった。 ※注:「症例報告」は、珍しい病気や経過をたどった患者について、医師が医学誌に報告する論文のこと。基本的には1人(または数人)の記録なので、そこから「誰にでも当てはまる」とは言えない。 今日の知ってた? 🧠 2019年、医学誌『BMJ Case Reports』に、北海道大学の精神科医らがある男性の症例を報告した。40歳の男性はある日突然、自分の名前も含めた人生の記憶を失っていた。記憶が戻らない状態は6年10か月続いたが、支援スタッフのいない新しい仕事を始めて2週間後、男性は自分の人生を細部まで思い出した。発症から2週間後の検査で見つかっていた脳の一部の血流の低下も、回復後の検査では消えていた。 背景:解離性健忘とは 解離性健忘(かいりせいけんぼう)は、頭のけがや脳の病気がないのに、強い心理的ストレスや心の傷(トラウマ)をきっかけに、自分にとって大切なことを思い出せなくなる状態のことだ。以前は「心因性健忘」とも呼ばれていた。特定の出来事だけが抜け落ちる場合もあるが、自分の名前や家族、生い立ちまで、人生全体の記憶を失う「全般性」のタイプはまれとされる。日本では、この全般性のものを「全生活史健忘」と呼ぶこともある。 記憶そのものが消えてしまうのではなく、脳にしまわれている記憶をうまく取り出せなくなっている状態だと考えられている。すぐに記憶がよみがえる人もいれば、健忘が長く続く人もいて、経過は人によって大きく違う。 日本で全般性の解離性健忘が初めて報告されたのは1950年。その後、脳の血流などを画像で調べた報告も出てきたが、何年も経過を追い、記憶が戻る前と後の両方で脳を調べた報告はきわめて少ない。今回の症例が貴重とされるのは、6年以上続いた健忘が自然に回復し、その前後の脳の変化まで記録されていたからだ。 もう少し詳しく 書店の倒産と、決まらない就職先。男性は札幌生まれで、兄と姉がいる。昔ながらの厳しい家庭で育ち、内向的で穏やかな性格だったという。受診の数年前まで書店を営んでいたが、店が倒産して職を失った。新しい仕事に就くために職業訓練校へ通ったものの、卒業の時点でも就職先は見つかっていなかった。記憶を失ったのは、その訓練校の最終日のことだ。 自分の名前がわからない。その日、男性は自分の名前すら思い出せなくなっていた。街をさまよっているところを友人が見つけ、家族のもとへ連れて行った。友人に名前を教えてもらうと「自分の名前だ」とはわかるのに、自分からその名前を思い出すことはできなかったという。2週間後、男性は家族に付き添われて北海道大学病院の精神科を受診し、そのまま入院した。 脳に傷はないのに、血流が落ちていた。MRIや脳波の検査では、脳にはっきりした損傷は見つからなかった。一方、脳の血流を画像にするSPECT(スペクト)検査では、記憶と関わりの深い、右側の側頭葉の内側の一部で血流が落ちていた。知能検査の結果は平均的な範囲で、日常生活での記憶力を調べる検査でも大きな低下は見られなかった。男性は軽いうつ状態を伴う解離性健忘と診断され、抗うつ薬などを飲みながら、気持ちは比較的安定していた。 ※注:側頭葉は、脳の左右の側面、耳の奥のあたりにある部分。その内側には、記憶に深く関わる領域が集まっている。 空白のまま過ぎた6年10か月。記憶が戻らないまま、男性は4か月で退院した。父親との関係がよくなかったため親の支えは得られず、グループホームで暮らしながら通院を続けた。病院で半年間リハビリ(作業療法)を受け、その後は支援スタッフのつく小さな職場で働き始める。発症から6年10か月がたったころ、男性は支援スタッフのいない別の仕事に移ることを自分で決めた。1日数時間の簡単な仕事を問題なくこなし、2週間がたったころ、自分の人生をすべて、細部まで思い出したという。 戻ってきた記憶。記憶が戻ったとき、男性は、訓練校を終えるころに深く思い詰めていたことも思い出したという。男性は論文に寄せた言葉で「少し気持ちが沈んだが、すぐに気持ちを切り替えられた。いまの自分が、6年10か月前とは違う状況にいることを確かめた」と振り返っている。回復から1週間後のSPECT検査では、右の側頭葉で見られていた血流の低下は消えていた(代わりに、前頭葉にわずかな血流の低下が見られた)。 「仕事のストレス」ではなく「仕事を失ったストレス」。海外の掲示板では「仕事のストレスで記憶を失い、新しい仕事で治った」と受け止められた。論文の要旨(冒頭の要約)には「雇用に関わる心理的ストレス」としか書かれていないので、そう読めるのも無理はないが、本文を読むと見立ては少し違う。著者らは、書店の倒産と、職が見つからないことが男性にとって強いストレスとなり、人生全体の健忘を引き起こしたと考察している。回復もまた仕事と関係していて、安定した新しい仕事を得たことでストレスが十分に和らぎ、記憶が抑え込まれていた状態が解けた可能性がある、という。論文は、健忘のきっかけになった心の葛藤がなくなることが、回復の大事な要因になるようだとまとめている。 一方で著者らは、脳の血流がいつ元に戻ったのかは確かめられておらず、記憶よりずっと前に戻っていた可能性もあること、そして詐病(病気のふり)の可能性を完全には否定できないことも、限界として書き添えている。回復後に思い出した記憶と、発症後に周りから教わった情報を見分けるのは、とても難しいからだ。論文が伝えているのは「6年を超えて続いた全般性の解離性健忘でも、自然に回復することがある」ということで、新しい仕事に就けば記憶が戻る、と言っているわけではない。 海外の反応 1. 海外の名無しさん 早期退職したら、2種類飲んでた血圧の薬が1種類で済むようになった。よく眠れるし、前向きになったし、気も長くなったし、パートナーと言い合いもしなくなった。いいことしかない。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) うちの父もまったく同じ。40歳のころからずっと3種類飲んでた血圧の薬が、退職したら1種類まで減った。ストレスって本当に体に出るんだなと思い知ったよ。 3. 海外の名無しさん(>>2への返信) ストレスで血圧が上がるだって? 世紀の大発見じゃないか。……と言いたいところだけど、たぶん全人類が薄々気づいてた。 4. 海外の名無しさん ときどき思うんだけど、俺たちって仕事に少しずつ殺されてるんじゃないか。この話を読んで、その疑いがだんだん確信に変わってきた。 5. 海外の名無しさん(>>4への返信) 「ときどき」じゃないよ。ストレスの多い仕事は確実に寿命を削るし、世の中のだいたいの仕事はストレスが多い。いっそタバコでも始めたほうが、まだ体にいいんじゃないかと思えてくる。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) 仕事を辞めたら、そのタバコ代はどこから出すんだよ。体のために辞めたのに、今度は財布のほうが先に倒れる。 7. 海外の名無しさん 誤解されてそうだから補足しておく。この人、新しい職場で6年間記憶喪失のまま働いてたわけじゃない。その6年10か月の大半は、グループホームで暮らしながら、支援スタッフのつく職場で働いてた。支援なしで働き始めて2週間で記憶が戻った、という話だよ。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信) しかも論文を読むと、そもそも仕事のストレスで記憶をなくしたわけでもないんだよね。営んでた本屋が倒産して、職業訓練校に通ったのに就職先が決まらない。記憶を失ったのは、その訓練校の最終日。むしろ「仕事がないこと」のほうが引き金だった。 9. 海外の名無しさん(>>8への返信) だとすると、タイトルから受ける印象とはだいぶ違う話だな。「働きすぎて記憶が飛んだ」じゃなくて「仕事を失って記憶が飛び、仕事を得て戻った」。ただ、著者たちも「新しい仕事でストレスが和らいだ可能性がある」という書き方で、そこを断定はしてない。 10. 海外の名無しさん ソースを開く前は、てっきりアメリカの話だと思って「6年分の治療費の請求書はどうなるんだ」と心配してた。読んでみたら日本の、札幌生まれの男性の話だった。 11. 海外の名無しさん(>>10への返信) 日本は国民皆保険だから、医療費の自己負担は原則3割で、ひと月に払う額にも上限がある。もちろんタダではないけど、6年分の請求書で人生が詰むような仕組みにはなってないよ。 12. 海外の名無しさん 結局「ちゃんと働けば治る」っていう美談にされてない? この人に必要だったのは、新しい仕事じゃなくて、本当の意味での支援だろ。 13. 海外の名無しさん(>>12への返信) そこは論文を読むと印象が変わると思う。退院後もずっと通院してたし、半年のリハビリも受けてるし、精神科医やソーシャルワーカーの支えもあった。支援を受けながら6年以上かけて、最後に本人が「支援なしでやってみる」と決めたんだよ。 14. 海外の名無しさん 素朴な疑問なんだけど、記憶喪失の人って、自分が記憶喪失だってこと自体をどうやって覚えていられるの? 新しいことも覚えられないんじゃないの? 15. 海外の名無しさん(>>14への返信) このタイプは、なくなるのが「自分の過去の出来事」の記憶なんだと思う。この症例でも、入院中の検査では日常の記憶力に大きな問題はなかったと書かれてる。だから新しいことは覚えられるし、支援つきとはいえ何年も仕事ができてたわけだ。 16. 海外の名無しさん 自分も心因性の健忘を抱えてる。仕事はたしかに症状をひどくしたけど、原因とまでは言えない。子どもの頃からで、「都合の悪いことだけ忘れる」とよく責められた。ひどい時期は、気づくと職場を早退していて、何キロも離れた場所を歩いてた。その間の記憶はまったくない。最近仕事を失ってから、だいぶ落ち着いてきてる。 17. 海外の名無しさん(>>16への返信) 読んでいてぞっとした。いつの間にか知らない場所にいて、自分が何をしてたのか自分でも説明できないなんて、想像するだけで怖い。落ち着いてきているなら本当によかった。 18. 海外の名無しさん その設定、ドラマ『セヴェランス』で見たぞ。会社に入った瞬間に私生活の記憶が消えるやつ。……冗談はさておき、あっちは作り話でこっちは現実なのが、ちょっと背筋が寒くなる。 19. 海外の名無しさん ここまで極端じゃなくても、うつの時期に記憶がごっそり抜けるのはよくある話だと思う。自分は大学を出たあとの1年ほどが、ほとんど思い出せない。何をしていたかは知っているのに、それが丸1年もあったとは到底思えないんだ。 20. 海外の名無しさん(>>19への返信) わかる。自分は18歳から25歳までがまるごとぼやけてる。「あの頃こんなことがあった」という事実のリストとしては知ってるのに、そこで自分が何を感じてたかはほとんど出てこない。覚えてるのは、ずっとつらかったことだけ。 21. 海外の名無しさん 解雇されて1週間で、慢性的な頭痛と胃の不調が消えた。毎日往復110キロ以上の通勤もなくなって、次に見つけたのは自転車で通える職場。給料は少し下がったけど、体重は9キロ落ちて毎晩よく眠れてる。前の仕事にどれだけ削られてたか、辞めるまで気づかなかった。 22. 海外の名無しさん(>>21への返信) 今年ほぼ同じ経験をした。毎日往復140キロ以上の運転通勤を3年続けて、食いしばりで歯がすり減り、抗不安薬まで出されてた。家から16キロの職場に移ったら、1か月で医者と相談して薬をやめられた。ひげの白髪まで減ったよ。 23. 海外の名無しさん ストレスがないときはフランス語とスペイン語の会話がそこそこ聞き取れるのに、ストレスがかかった途端、ただの意味のない音にしか聞こえなくなる。脳って、余裕がないと本当に仕事をしてくれないんだな。 24. 海外の名無しさん YouTubeで若年性アルツハイマーとの闘いを発信していた人が、あとから「誤診だった」と報告してたのを思い出した。実際はストレスによる記憶障害で、最初は仕事のストレス、その後は「アルツハイマーかもしれない」という恐怖そのものが原因だったらしい。 25. 海外の名無しさん 論文の著者たちが「詐病の可能性は否定しきれない」「戻った記憶と、あとから教わった情報を区別するのはとても難しい」と、自分たちの報告の弱点まで正直に書いてるのがいい。そのうえで「6年以上たっても自然に戻ることがある」と伝えてる。煽らない書き方で、かえって信用できる。 まとめ 北海道大学が報告した男性は、書店の倒産と決まらない就職先に追い詰められるなかで人生の記憶を失い、6年10か月後、支援なしで新しい仕事を始めて2週間で記憶を取り戻した。コメント欄は「仕事に削られている」という共感から始まり、論文を読んだ人たちが「むしろ仕事を失ったことが引き金だった」と補足する流れに。退職や転職で体調が戻ったという体験談も数多く寄せられた。 参考: 長く続いた全般性の解離性健忘と、脳血流の自然な回復(BMJ Case Reports、2019年) 元ソース: ストレスによる記憶喪失が6年10か月続いた男性が、新しい仕事を始めたら自然に記憶を取り戻した The post 「6年10か月、自分の人生を思い出せなかった」男性が、新しい仕事を始めて2週間で記憶を取り戻した…北海道大学が報告した症例とは? 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