1: 匿名 2026/08/27(木) 00:26:28 Books「父親は暴力団の組長だった」 14歳で少年院、10年服役した男が49歳でウクライナの戦場へ向かったワケ | AERA Books暴力団組長の息子として生まれ、16歳で極道に入り、10年の服役を経験した一人の日本人。なぜ彼は人生の後半でウクライナの戦場へ向かったのか。極寒の前線基地で聞いた、その苦悩と贖罪の物語とは。第25回…大阪で生まれたハルさんは四国の小学校を卒業後に静岡の中学校へと進むが、〝不良〟の道へ足を踏み入れてしまい14歳の時に少年院に入る。15歳で出所後、街をブラブラしている時に暴力団と関わりを持つようになり、16歳で極道の世界に入った。「父親が暴力団の組長をやっていて刑務所に出たり入ったりしてました。そのこともあり周囲からイジメというか差別を受けていて僕も寂しかったから、同じような境遇の子たちと遊ぶようになり、流れるままに極道の道に進んでしまいました」刑務所に10 年間収監されていたことを聞いてみる。「詳しいことは言えないのですが、某宗教団体とそこと関係する団体に暴力的抗議をした結果です」「刑務所というのは自分で反省して入る所ではないですから。反省している者は1割もいないです。受刑者は子どもレベルの考え方しかできない者が多く、こういう人間になったら人生は終わりだと思いました」刑務所内のことについては、あくまでハルさんの所感であることはここで断っておきたいが、ハルさんの人生への影響は、そのサラッと語る口調からは想像できないほど大きかったことだろう。出所後は久しぶりに再会した家族でさえも驚くほど顔つきが変わっていたという。丁寧な言葉遣いで語る温厚なハルさんからはヤ時代の姿が想像できない。「出所後、組からは戻ってきてほしいと言われていましたが、戻りたいという気持ちは全くありませんでした。ヤになった時は、映画で描かれるような任侠を重んじることに憧れましたが、犯罪者集団になっているのを見ると、僕が戻る世界ではないと思ったのです」…