
今回は、先月発生した令和8年熊本地震で、震度7の揺れを体験したドイツ人男性の投稿からです。男性はまず、以下の短いメッセージを投稿しています。「日本人が災害に立ち向かう際の強さは、息を呑む程だ。僕は二度と日本を離れたくない」その2日後、単なる日本賛美と捉えられる事を避けるため、自身が実際に震度7の地域に住んでいることを明かし、その上で体験談を綴っています。以下が要点です。「一昨日の投稿は、決して何気なく書いたものではない。私は熊本地震の震源地にいたのだ。発信すれば自分が住んでいる場所を明かすことにもなる。だからこの数日間、投稿を迷っていた。しかし、もうどうでもいい。今やそれは私の体験の一部であり、私は常に自分らしくありたいのだから。ご存知の通り、日本において地震は日常的なものであり、人々はその感覚に対してある程度慣れていく。しかし、震度7の揺れは、凄まじい。私は新しい軽量鉄骨の建物に住んでいる。震度3から5程度であればまだ余裕がある。しかし震度7ともなると、全く別次元の怪物だ。徐々に大きくなっていくのではなく、一瞬にしてゼロからマックスへと跳ね上がる。完全にコントロールを失い、あまりの衝撃に、今何が起きているのかすぐには理解できない。戸棚からはあらゆる物が飛び出し、大型家具は揺れ動き、キッチンでは皿やカップが粉々に砕け散った。極めて大きな音が鳴り響き、わずか1秒の間に完全な混沌と化した。私はその瞬間トランポリンのようになった部屋の真ん中で、文字通り足を大きく踏ん張って立ち、耐え忍んだ。ただひたすらその暴力的な揺れに耐えるしかなかった。避難のために階下に、そして外へ向かったが、建物の歪みで扉が開かなくなり、こじ開ける必要があった。それでも倒壊しなかったのは、居住者の命を守るために、損傷を許容することで倒壊を防ぐ構造になっているからだ。地震で一部損壊したショッピングモールには、つい最近も足を運んでいたばかりだ。映画館が大好きで、定期的に通っていた。最高に美味しいポップコーンがある場所だ。片付け作業(家財道具のほとんどが破壊)の影響ではなく、あの体験、アドレナリン、今なお残る緊張感のせいで、体中が強烈な筋肉痛に見舞われている。ここでは今もなお、定期的な余震が続いている。しかし同時に、私は一つの確信を得た。それは冒頭の投稿につながるが、大災害が発生した際、この国の人々が、いかに圧倒的な絆で団結するかということだ。そのことが私に計り知れない安心感と希望を与えてくれる。何が起ころうとも、日本は強い。」以上です。投稿には、ドイツから多くの反応が寄せられています。その一部をご紹介しますので、ご覧ください。「日本人は本当に特殊だ」 なぜ日本人はあんなにも災害に強いのだろうか?…