昭和の終わり、長ランの裾を引きずり、リーゼントを高く固めた男たちがいた。 その姿が格好よかったかはともかく、彼らが何者になりたいのかは一目で分かった。制服をわざわざ崩し、教師ににらまれ、街ですれ違うだけで警戒される。それでも「俺はこういう人間だ」と外見で宣言していた。 一方、現代の男性は髪を整え、清潔感に気を配り、相手の話を遮らず、深夜には連絡しない。それなのに、好きな女性を食事に誘う直前で指が止まる。 「迷惑ではないか」「距離感を間違えたら怖いと思われないか」。メッセージを打っては消し、結局何も送らない。 昭和の男には、乱暴だが分かりやすい役割があった。現代の男には、繊細だが正解の見えにくい役割がある。 男は本当に弱くなったのだろうか。…