1. 匿名@ガールズちゃんねる 『かぐや姫の物語』の御門は、この世の全てが手に入ると思っているような、唯我独尊的な面が強調されています。後ろから抱きつき、慄然するかぐや姫に「私がこうすることで喜ばぬ女はいなかった」とささやく、あのおぞましい名シーンはその象徴ともいえるでしょう。他方、原作『竹取物語』の帝はどうかと言えば、少し違います。 たしかに原作の同場面でも、帝はかぐや姫を無理に連れて帰ろうとしました。このあたりは共通しています。しかしその後、原作では帝とかぐや姫は手紙のやり取りを実に3年ほど続け、互いの心を慰め合う関係に発展するのです。 では、どうして高畑監督はこのような改変をしたのでしょうか。『かぐや姫の物語』は「姫が月に帰らなくてはならない理由」に迫った作品です。そのなかで高畑監督は、穢れた場所である地球に魅かれてしまった姫が、罰として地球に降ろされ、ようやくその穢れに気づき助けを求めたから、という解釈を示します。 そして助けを求めたシーンこそ、御門に抱きすくめられた例の場面でした。 2026/02/22(日) 20:00:47…