
1: 匿名 2026/01/10(土) 07:52:36 ID:tQfnpBWX9 [ラストストーリー]<6> ◼「104の番号案内は2026年3月末で終了します」 「電話応対では『素早く、正確に、感じ良く』を心がけている」と語る中島さん。 コールセンターは非公開のため、別室で普段の仕事ぶりを再現してくれた(昨年12月5日、横浜市西区のNTTグループの施設で) 24年夏、横浜市にあるNTTのコールセンター。 上司からそう伝えられたとき、オペレーター歴28年の中島典子さん(67)は「いよいよか」と思った。 固定電話が減り、スマートフォンで誰もが簡単に電話番号を調べられるようになった。 いつかそんな日が来るだろうと感じていた。 ピークの1989年度に約12億件だった国内全体のサービス利用件数は近年、1000万件程度に低迷していた。 周りの同僚も落ち着いた様子だった。 同じ気持ちだったのだろう。 店舗や個人宅などの電話番号を調べるNTTの有料サービス。 「104」にかければ、全国どこからでもオペレーターにつながる。 中島さんがその受け手に回ったのにはきっかけがあった。 専業主婦だった30歳代の頃、気になる症状があり、婦人科の病院に通おうとした。 ところが、わかっていたのは実家近くの大きな病院ということだけ。 困り果ててダイヤルを回した。 「最寄り駅は、池尻大橋か駒場東大前だったような……」。 あやふやな記憶を基に尋ねると、電話口のオペレーターが「大丈夫ですよ。 ご案内します」と包み込むように応じてくれた。 不安な気持ちが和らいだのを今でも覚えている。 紹介された病院では2年ほど不妊治療を受けた。 望んだ結果は出なかった。 気持ちを切り替えて仕事を探し始めたとき、新聞の折り込みチラシで見つけたのが104の求人広告だった。 「あのときのオペレーターのように私も誰かの力になりたい」。 98年、オペレーター業務を担う「NTTテレマーケティング」(現NTTネクシア)に入った。 ヘッドホンから「プッ」という短い着信音が聞こえると、息を整え、口角を上げてマイクに向かう。 「はい、104の中島です」 これまで何回応対しただろう。 勤務時間中はほぼ休みなしで電話を取る。 1本でも多く受けるため1回の案内時間は原則30秒以内と決められているが、これがなかなか難しい。 お店のジャンルと最寄り駅しかわからないなど、曖昧な情報を基に尋ねてくる人も多い。 そんなときは、かつての自分を思い出し、ことさら丁寧な対応を心がけている。 仕事の魅力は、社会とのつながりを感じられることだ。 電車が遅れれば鉄道会社の番号を尋ねる人が増え、停電時は電力会社に関する問い合わせが集中する。 2011年の東日本大震災の時もそう。 被災地からガソリンスタンドを探す電話が相次いだ。 「ガス欠で車が止まりそうだ」。 焦った声の主には、「今どちらにいらっしゃいますか」と優しく冷静に語りかけた。 16年8月、「宮内庁の番号を教えて」との問い合わせが頃到した。 休憩時間にテレビのニュースを見て合点がいった。 在位中の上皇さまが、退位の意向を示唆するメッセージを国民向けに読まれていた。 見ず知らずの人たちを通して知らなかった世界を知ることができる――。 電話越しの「一期一会」に小さな幸せを感じてきた。 電話番号を調べる業務は日本で電話が開通した1890年(明治23年)からあったとされ、1989年に現在の形になった。 以来、全国のコールセンターで受けた電話は約150億件に上る。 そんな歴史の幕引きに立ち会えることに、中島さんは誇りを感じる。 寂しくないと言えばうそになる。 忘年会を開くのだろう。 年末には居酒屋の番号をよく聞かれた。 正月には年賀状のお礼を伝えるためか、個人宅の番号の問い合わせが相次ぐ。 「もう終わりなんだな」と、やり取りをかみ締める。 3月31日に受ける最後の問い合わせはどんな内容だろうか。 番号を自動音声で流す直前、相手に伝える一言は決めている。 マニュアル通り、「ご案内します。 ありがとうございました」にしようと。 本当は「28年間、ありがとうございました」と感謝の気持ちで締めたいが、口にするだけで涙があふれてしまいそうだから。 (広瀬航太郎) 続きは↓ 3月で終了の「104」番号案内、不安和らげてくれた「あのときのオペレーターのように」と思い込め28年(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース「104の番号案内は2026年3月末で終了します」Yahoo!ニュース [産経新聞] 2026/1/10(土) 5:00…