1: 匿名 2025/12/31(水) 00:46:34.49 ID:MbUiUroW0 単に娯楽として消費する分にはいいかもしれんけど それを作る側の人間はあたかも芸術が絶対的で至上のものであるかのように振る舞うやん でも現実には芸術より“大きい”ものや感覚というのは当たり前にあって、例えば拷問されてる最中にある人にとってはどんな美しいメロディだろうと無価値に感じるだろうし、別に自分自身が苦痛を感じていなくとも、情報としてあまりに醜いもの(メキシコグでも強でもなんでもいい)と接しながら何かの美しさに感動できる人間はいないやろ つまり芸術や感動なんて人生において絶対でもなんでもないし、それを超える何かがちらついた瞬間全部がしょーもなく見える程度の瞬間的な快楽でしかない どれだけ深刻なことを謳ってようがそれは他より最もらしく見えるだけの嘘、結局は娯楽でしかないということ そんなものに人生を賭ける意味ってどこにあるんや?…