
翻訳元スレ主 日本における死刑制度について。 日本では30歳未満の人のほぼ90%が死刑に賛成していると知ったばかりだ。 これは非常に興味深いことだと思う。というのも、世界のほかの地域では、若い世代ほど死刑への支持が低く、むしろ年配の世代のほうが死刑を支持する傾向が強いからだ。 そこで質問したい。・死刑に賛成する主な理由は何だろうか。単なる復讐とは違うのだろうか。・もし国家によって誤って死刑にされた人がいたら、どう反応するだろうか。 議論が白熱しやすい話題なのはわかっているが、純粋に興味があるので、落ち着いて話し合えたらうれしい。 また、こうした話題であっても、誰もが自分の意見を持つ権利があると私は考えている。 ここにソースを載せようと思ったが、数字があまりにも明白なので、同じ内容の資料が山ほど見つかるだろう。 (日本人質問フォーラムへの投稿です) 海外の反応 私が把握している限り、これはかなり多面的な問題だ。 ただし、日本の若者が欧米に比べて際立って死刑を支持している理由に絞るなら、いくつか重要な要因が思い浮かぶ。 第一に、私が育ってきた環境では、死刑をめぐる議論は欧米ほど対立を生んだり、批判の対象になったりしてこなかった。 そういう意味では、死刑は今でも確立された刑罰の一つとして、当たり前に受け入れられている。 第二に、犯罪や刑罰、人権についての考え方そのものが、日本とほかの地域では異なるように思う。 犯罪に見合った刑罰を科すべきだという考え方は、世界的に広く共有されていると思う。 しかし、日本ではその考え方が、生命に対する権利を侵害するところまで、あるいはそれ以上に及ぶ。 欧米、とりわけアメリカよりもヨーロッパでは、生命に対する権利が越えてはならない一線とされることが多い。 つまり、政府が侵害してはならない、奪うことのできない権利だと考えられている。 第三に、物事をどの視点から見るかという違いがある。 私には、日本ではほぼ完全に被害者が中心に置かれているように思える。つまり、被害者側が気持ちに区切りをつけ、復讐したいという思いを鎮めるにはどうすればよいか、ということだ。 個人的には、欧米では加害者についても評価し、判断することに、より関心が向けられているように感じる。 もっと身近な例を挙げると、何年も前に、ウィル・スミスがクリス・ロックを平手打ちした事件を覚えている。日本では、それを正当で十分な対応だったとして、広く支持する人が多かった。 同じ出来事でも、解釈の仕方がまったく違うんだ!海外の反応>>2 日本人とこの話題について何度も話したことがあるが、確かに私の経験では、死刑に反対する側の主張に触れたことがない人が多いように思う。海外の反応>>2 あなたの二つ目の指摘についてだが、その背景には宗教の違いがあるように思う。 キリスト教では、人間は神の姿に似せて創造された存在であるため、人間の命は特別に神聖なものであり、生命に対する権利があると教えている。 歴史的にはキリスト教圏でも死刑が認められてきたが、時代が進むにつれて、人間には生命に対する権利があるという考え方が、ますます重視されるようになった。 その結果、より進歩的なキリスト教の立場では、死刑は人間の尊厳を侵害する行為だと考えられるようになった。 すべての人間が神から与えられた生命に対する権利に反するからだ。 最近では、保守的なキリスト教団体でさえ、死刑に反対する立場を取るところが増えている。 たとえば、カトリック教会も現在ではその立場を取っている。 キリスト教を信仰していなくても、欧米で死刑に反対するリベラル派や左派の人々は、こうした考え方を背景に持っている。 欧米の主流文化は全体としてキリスト教の影響から離れつつあるが、それでもキリスト教的な思考様式は、今なお強い影響力を持っているからだ。香港>>4 死刑に反対する欧米の考え方を、キリスト教における生命の権利という原則に結びつけることには賛成できない。キリスト教には、歴史的に好戦的だった側面があり、先住民に対しても凄惨で暴力的な扱いをしてきたからだ。 東アジアとヨーロッパでは正義に対する考え方がどう異なるのかについては、まだ多くのことを論じられる。 ただ、生命に対する権利が両者の違いを生む中心的な要因だとは、私はまったく思わない。 たとえば、欧米では、刑事司法の考え方を「更生を重視する正義」と「応報を重視する正義」という二つに分けて捉える。 しかし、東アジアの伝統的な立場は、むしろ「償いを重視する正義」とでも呼ぶべきものだと思う。 つまり、自分が犯した過ちについて、埋め合わせをしたり、補償したりするべきだという考え方だ。 この考え方は、一部の犯罪や過ちについては、死をもってしか償えないという信念につながっている。 中国、韓国、日本における自殺についての伝統的な考え方にも、同じような姿勢が見られる。 一方、欧米で死刑を支持する人々は、死刑を単に犯罪にふさわしい刑罰だと捉えている。 社会に対して「償いをするべきだ」というよりも、その人は悪人なのだから、悪人として苦痛を受けるべきだ、という考え方なのだ。 この態度の違いは微妙だが、重要な意味を持っている。ヨーロッパ>>2 日本では、死というものに対する向き合い方が、ほかの地域とは違うように思える。 さまざまな形で命を奪われる可能性のある島国に暮らしていることや、歴史の中に英雄の死、戦争、名誉を守るために自ら命を絶つという行為が数多く登場することは、命の価値に対する考え方に影響を与えているはずだ。 まあ、私が完全に的外れなことを言っている可能性もあるけど。海外の反応>>6 結局のところ、歴史の違いだと思う。 西洋では、魔女裁判のような不条理な死刑の歴史があり、それが死刑に対する強い嫌悪感を育んできた。無実の人が処刑されるかもしれないという根深い恐怖が存在するのだ。 一方、日本では極めて重大な犯罪を犯した者以外には死刑は適用されない。 死刑に処される者は、実際に死刑に値する罪を犯した者となる。 切腹もまた、主に責任を取るための手段であった。 そして、これは生命の価値についての議論ではない。西洋諸国では警察は日本よりも気軽に銃器を使用する。 これはむしろ、法に対する信頼の度合いの問題である。一般的に言って、西洋人は日本人ほど法を信頼していないと思う。海外の反応 複数の被害者がいる殺人事件のような、最も凶悪な犯罪については、遺族が気持ちに区切りをつけるために、加害者の死刑が必要だと考える人が多いからだ。 アメリカ>>8 司法において、被害者が意見を述べるべきではない。 そんなことを認めれば、それはもはや正義ではなく復讐になってしまう。 だからこそ、公平な立場で正義を判断する裁定者、つまり裁判官が必要なんだ。(-11ポイント)海外の反応>>9 何を言っているのか、よくわからない。日本には裁判所も裁判官もいて、法律に従って公正な判決を下している。 ここで議論しているのは、法律をどうあるべきものにするか、つまり死刑という選択肢を設けるべきかどうかという問題だ。 被害者が意見を述べるという話ではない。社会が正義とは何かをどう考えているか、という話だ。 海外の反応>>9 日本は法の支配に基づく近代的な立憲国家であり、自力救済による私刑を禁止している。だからこそ、国家は死刑やその他の重い刑罰を通じて、被害者や悲しみに暮れる遺族を救済する必要がある。 そうしなければ、司法や政府への不信感が生まれたり、さらには「政府があの殺人犯を処刑しないなら、私が自分で殺してやる」と考える人が出てきたりする現実的な危険がある。 そういう意味では、まさに法の支配に基づく近代国家だからこそ、複数の人を殺害するような重大犯罪には死刑が必要だと考えている。海外の反応 司法制度が無実の人を誤って投獄した場合にも、根本的には同じ問題が存在する。 死刑は取り返しがつかないと言われるが、無実の罪で何十年も刑務所に入れられることだって、取り返しがつかない。失った人生の年月は戻ってこない。 そもそも、日本では毎年どれくらい死刑が執行されていると思う? ここ2年間は、どちらの年も死刑執行はゼロだった。 実際には、死刑は複数の殺人や強盗殺人など、極めて重大な事件に限って適用されるのが一般的だ。 もし日本がサウジアラビアや中国と同じような規模で死刑を執行しているなら、国家による誤った処刑の危険性を重視するのも理解できる。 しかし、欧米の多くの国では、警察によって命を奪われる危険のほうが、国家による死という点では、より差し迫った問題だとも言える。海外の反応>>12 問題は、犯罪を犯していない人が一人でも死刑にされるなら、それだけで多すぎるということだと思う。 もし自分の家族が、まったく犯していない罪を理由に政府によって殺されたら、どう感じるだろうか。海外の反応 国のために何かをするわけでもないのに凶悪犯にかける税金は無駄だから、無期懲役などで長く生きられて税金を無駄にするより死刑にした方がいいと思う。 日本は死刑執行までにかなり長い年月が経つから間違いだったらその間までに無実を証明できる根拠が出てくることを待つことができる。 なかったらその人は可哀想だ、でも凶悪犯罪の冤罪なんて今の技術ではほとんどないんじゃない?アメリカ>>14 簡単に言えば、政府がそのような権力を持つべきではないということだ。 今の政権ならその権力を任せても大丈夫だと思うかもしれない。しかし、時がたてば、政府や権力者は自分たちの目的を果たすために国家の仕組みを歪め、都合よく利用するようになる可能性がある。 ある人の命には価値があり、別の人の命には価値がないと考え始めたら、危険なパンドラの箱を開けることになる。 殺人犯を養うために税金を使うべきではないのか。では、強姦犯はどうだ。窃盗犯はどうだ。末期がんの患者はどうだろう。費用を減らすために、早く安楽死させるべきだという話にまでなるのだろうか。 私は、これは人間の命の価値を考えるうえで、間違ったやり方だと思う。海外の反応>>15 銃を所持する権利が認められているアメリカとは違い、日本は法の支配に基づく国家として私刑を禁止しており、国民に銃の所持を認める権利も与えていない。 だからこそ、制度はある程度、被害者や遺族、そして「こんな凶悪犯は社会に居場所がない」と感じる一般市民の感情にも配慮しなければならない。香港>>16 アメリカでも私刑は禁止されている。ヨーロッパでも同じだ。海外の反応 まず、私は死刑制度そのものに反対しているわけではない。 ただし、死刑判決は慎重のうえにも慎重を期して下されるべきだ。 実際に、死刑判決を受けた人が冤罪だった事例もあり、当然ながら、その結果は取り返しがつかない。 ごく大まかに言えば、日本では、身勝手な理由で複数の人の命を奪ったような事件で、死刑が検討されるのが一般的だ。 被害者の遺族が復讐したいと感じることは、ほとんどの人が理解できると思う。 死刑制度そのものを存続させるべきかどうかは、世代、国、集団、個人によって倫理観が異なるという問題に大きく左右される。 個人的には、倫理的な問題に普遍的な正解があるとは思わない。 私にとって倫理とは、人間が自分たちの目的のために作り上げた概念であり、社会が生み出すものだ。 時代や社会によって倫理基準が異なるのは、ある社会の道徳観が何らかの究極的な真理に近く、別の社会の道徳観が劣っていたり、真理から遠かったりするからではない。 そうではなく、社会によって善悪の定義が異なるだけだ。 社会は、その時代や状況に合わせて倫理基準を調整していく。 世代間で価値観が異なる場合も同じだ。若い世代が正しいことを知っていて、年配の世代が間違っているというわけではない。 日本社会の中では、やや年長の世代に属する人間として、もし日本社会が自らの価値観を変化させていく過程で、死刑制度を廃止するという決断を下すのであれば、私はそれに反対しない。海外の反応 これはあくまで個人的な意見だが、簡単に言えば、あれほど危険な人間がいないほうが、社会にとってよいという感覚に行き着くのだと思う。 結局、刑務所に収容し続けることにも金がかかるからね。 個人的には、無実の人が誤って処刑される可能性は、極めて低いと思っている。 ただ、もし実際にそんなことが起きたら、最初に思うのは「どうしてこんな間違いが起きたんだ?」ということだろう。 たとえ自分の家族がその犠牲になったとしても、そう思うはずだ。スレ主>>19 それは本当に興味深い話だ。意見を聞かせてくれてありがとう :) 香港>>20 ちなみに、日本の有罪率は99%だ。つまり、間違った判決が下される可能性はゼロではない。 その99%という数字を実現するために、どのような捜査手法が使われているのか調べてみれば、かなり恐ろしい気持ちになると思う。(-1ポイント)海外の反応>>21 参考までに言うと、検察が死刑を求刑した事件であっても、実際に死刑判決が下されるのは約60%にすぎない。 残りの事件では、無期懲役や有期刑が言い渡される。海外の反応>>21 これは正直言ってほとんど誤解です。というか、むしろ普通のことだ。彼らが算出する有罪判決率は、基本的に裁判にかけられた事件のうち、裁判官によって有罪か無罪かが判断された事件の割合に過ぎない。 日本の有罪判決率と同じ方法でアメリカを計測し、棄却された事件を除外すると、アメリカの有罪判決率は99.6%になる。 裁判にかけられ、すべての容疑で無罪となるのは、わずか0.4%程度だ。 2022年には、71,000件を超える連邦裁判のうち、被告人が無罪となったのは290件だった。 ヨーロッパでも同様の数字が出ている。 おそらく人々は犯罪や法律ドラマを見過ぎているのだろう。実際には、ほとんどの裁判は明白だ。海外の反応>>21 実際は正反対だ。 有罪か無罪かの判断が弁護士の腕に大きく左右される国では、冤罪率が高くなるか、犯罪者が野放しになるかのどちらかだ。 一般的に信じられていることとは異なり、日本は確固たる有罪の確信がある場合にのみ起訴する。 これが先進国の中で最も低い収監率を誇る理由だ。 そして、犯罪者は徹底的に追及されるため、犯罪率が低く抑えられている。 もしあなたが香港出身で、日本の司法制度の方が恐ろしいと考えているなら、あなたは中国共産党に洗脳されているとしか言いようがない。 もしあなたの思い込みが正しければ、日本の囚人の数はもっと多いはずだが、実際はそうではない。 死刑についても、執行件数は実際には極めて少ない。追記:彼は五毛で真実を指摘されると直ぐにブロックして逃げていったlol 海外の反応>死刑に賛成する主な理由は何だろうか。単なる復讐とは違うのだろうか。 被害者や遺族に代わって復讐を果たすという点については、確かに重要な指摘だ。法の支配に基づく国家が私刑を禁止している以上、政府はある程度、その役割を引き受ける必要がある。 また、日本で死刑の対象となる犯罪のほとんどは、殺人や人の命を奪う結果につながった犯罪だ。過去の判例を見ても、死刑は一般に、複数の人を殺害した者や、過去に殺人を犯した経歴のある者による殺人に限って適用される。 そうした人間が更生することを期待するのは、正直難しい。 日本には仮釈放のない終身刑が存在しない。無期懲役であっても、仮釈放を申請することはできる。そう考えると、死刑制度を維持することには十分な合理性があると思う。>もし国家によって無実の人が誤って処刑されたら、どう反応するだろうか。 冤罪の危険性が現実に存在することは間違いない。ただ、正直に言えば、無期懲役でも同じようなことは起こり得る。 だからこそ、上級審への控訴など、誤りを防ぐための安全策が設けられている。 その危険性を理由に何もかもやめてしまうなら、そもそも何一つ執行できなくなってしまう。スレ主>>25 とても興味深い話だ。確かに、日本の司法における有罪率と、実際に処刑される人数を計算に入れると、誤った処刑が起きるのは約30~50年に1回ということになる。 もちろん、これは大まかな推測にすぎない。それでも、個人的にはその頻度でも多すぎると思う。海外の反応>>26 残酷な言い方に聞こえるかもしれないが、私たち一般市民にとって、結局これは何を優先するかという問題にすぎない。 冤罪が起こる可能性がわずかでもあることを承知のうえで、死刑制度を維持するのか。 それとも、死刑に相当する犯罪を犯した人間、つまり複数の被害者を殺害した者や、重大な犯罪歴があるにもかかわらず殺人を犯した者を、わずかな誤判の可能性を考慮して、納税者の金で何十年も生かし続けるのか。 また、1995年の地下鉄サリン事件の実行犯たちを見てもわかるように、主要な犯人を逮捕したとしても、支持者が日本国内に潜伏し続けている可能性がある。 死刑に値する人間を何十年も収監し続けるということは、そうした支持者による脱獄の試みや刑務所への襲撃などにも備えなければならないということだ。 もちろん、そうした事態が起きる可能性は低いかもしれない。それでも、対策を講じる必要があることに変わりはない。海外の反応 それがどうした? 香港出身の友人は、実際には死刑に賛成していて、イギリスが死刑を廃止したことに不満を持っていると言っていた。 東アジア全体では、今でもそうした考え方が根強く残っているのではないかと思う。スレ主>>28 私は本当に興味があって聞いているのであって、批判しているわけではない。違う意味に聞こえたならごめん。海外の反応>>29 あなたは「世界のほかの地域」と日本を対比させた。私は友人の意見を例に出して、それに異議を唱えた。わかるか? 「世界のほかの地域」についての偏見を認めて、考えを改めてほしい。 そうしなければ、どんな議論をしても無意味だ。 あなたは無知だからこそ、無意識のうちに相手を批判するような言い方になっている。あなたのような人とは、建設的な議論はできないと思う。スレ主>>30 私が「世界のほかの地域」と言ったのは、いくつかの研究を読んだことが根拠になっている。その研究では、日本は一般的な傾向から外れた例として際立っていた。(-6ポイント)海外の反応 死刑が凶悪犯罪に限られ、しかも執行されることがかなりまれになっているのなら、何が問題なんだ? 確かに、ひどい犯罪を犯した人間の中には、最も重い代償を払うに値する者もいる。なぜそうしてはいけないんだ? 死刑について文句を言いたいなら、中国、インド、アラブ諸国のサブレディットに行けばいい。 ほかの文化や国にも、同じような場所はあるだろう。海外の反応 欧米がどう考えていようと、私には関係ない。スレ主>>33 ほかの人があなたやあなたの国をどう思おうと気にしないのなら、なぜこのフォーラムにいるんだ? あなたは日本人なんだよね?海外の反応>>34 正直に言えば、この問題について外国から説教されても、私たちの最初の反応は「自分の国のことだけ考えて、黙ってろよ」というものだ。 だから、こうした反応が起こるのもまったく不思議ではない。 日本で死刑が執行されるたびに、EUの日本関連公式アカウントやフランス大使館などのアカウントが、いつもの説教じみた死刑反対論をTwitterに投稿する。 そして、そのたびに激しい反発を受けている。海外の反応>>34 私が言いたかったのは、世界のほかの地域がどう考えていようと、私には関係ないということだ。 それに、自分の意見を誰かに正当化して説明する義務があるとも思わない。あなたの質問は、相手を挑発して反応を引き出そうとしているように感じる。 これは、私たちの社会が適切な刑罰だと判断したものだ。 そう、私は日本人だ。海外の反応 日本は非常に信頼度の高い社会であり、政府が何かをするのには正当な理由があるという前提が根底にある 。欧米諸国は政府に対して非常に懐疑的であるため、「もし間違った人を殺してしまったらどうなるのか」という議論は私たちにとっては当然のことだが、日本ではほとんど馬鹿げた議論とみなされる。 海外の反応ランキング…