1: 征夷大将軍 ★ 2026/09/15(火) 06:42:13.06 ID:UV5NOxv/9 「僕が学芸大に入学したのは2000年。当時はJリーグができてまだ10年足らずで、大学サッカーの価値が低下した時期でした。 『優秀なタレントは高校からプロに入るべき』という考えが浸透していて、Jクラブのスカウトがわざわざ大学生を見に来るようなことはほぼなかった。大学出身者がプロ入りする場合、年末にクラブを回ったり、合同トライアウトに参加したりするくらいしかチャンスがなかったんです。 でも今は大卒選手が数多くプロ入りしているし、海外にも行っている。日本代表としてワールドカップ(W杯)にも行っていますよね。その原動力になったのが、2000年前後の大学サッカー改革だと僕は考えています。 学芸の恩師である瀧井(敏郎)先生や福岡大学の乾真寛先生が大学からプロに行くことのメリットや高卒との違いを当時から言語化し、『インテリジェンス』という言葉をよく使われていましたが、頭を使った選手育成の重要性を重視していました。そこが1つ大きかった。 加えて、国際経験を積ませるべく、大学選抜で海外遠征を積極的に行った。自分もインドやエジプト、カタール、オランダなどに行かせてもらいましたけど、外国人と対峙する感覚を覚えさせてもらえたこともその後につながったと考えています」 2000年代以降、「高卒でJに行って試合に出られないのなら、大学で4年間しっかり鍛えてもらった方がいい」と考えるユース年代の指導者や保護者が増えていったのは確かだ。 2008年北京五輪代表を率いた反町康治監督(現清水エスパルスGM)もそういう思考を持った指導者の1人で、大卒の長友佑都(FC東京)や本田拓也(鹿島アントラーズユースコーチ)を抜擢。これを皮切りに、2012年ロンドン・2016年リオデジャネイロ両五輪で3人、2021年東京五輪で4人、2024年パリ五輪で3人と一定数が本大会に臨んでいる。 A代表に至っては、2022年カタールW杯が9人、2026年北中米W杯が7人を記録。大学から海外に行くような人材も出てきている。その1人である三笘薫(ブライトン)は川崎U-18からトップ昇格を打診されながら、あえて筑波大学進学を決断。そこで心身両面で成長し、プロでブレイクを果たした。大学サッカーの価値は間違いなく上がっているのだ。 「大学サッカーを経由する価値は大きく言って2つあると思っていて、1つは『自分がなりたい選手になるための時間的余裕を4年間もらえる』という部分です。 18歳の時点で選手はそこまで人間として成熟していませんよね。教育もサッカーも先生や指導者から与えられるものをこなしているケースが多くて、まだ人として確立されていないと思うんです。そこでプロを選んでしまうと、いきなり結果を問われる世界に放り込まれ、自分でどうするかを判断して取り組まないといけない。なかなか失敗も許されませんし、厳しい環境なのは事実です。 でも大学ならトライ&エラーを繰り返すことができる。例え失敗しても、4年間のうちに解決すればいいですし、『22歳の時点でこうなる』という目標から逆算して進んでいける。そこが大きなメリットだと思います。 もう1つは、大学はプロサッカーを目指している人間だけの集まりではないという点。いろんな学生が集まっていて、学びが多いんです。最近は『越境』という言葉を使うことが増えていますけど、大学は人間的にも社会的にも幅を持てる場所。サッカーをやるに当たってもいろんな人間と関わることで、違った見方やアイデアが出てきたりします。彼らとの関わりで人として成熟度を高めていけることも、その後の人生にとってポジティブなこと。実際、僕も今、そのメリットを実感しながら生活できていますよ」 彼が鹿島、北海道コンサドーレ札幌という2つのJクラブで実際に指導した大卒選手の中で、最も成功しているのが上田綺世(リール)ではないか。上田の場合も鹿島学園高校卒業時点ではJリーグからオファーがなく、法政大学に進学。そこで1年生から試合に出て活躍し、U-21日本代表、A代表とステップアップし、3年生の時点で鹿島入りした。 「綺世は体力的にも遅咲きだったので、大学で伸びた部分は多くあると思います。得点への道筋についても、いろいろ考えて模索するタイプなので、それを確立させるための時間が必要だったんでしょう。 彼は1年からチームの中心だったと思いますけど、そういう立場なら周りに要求できますよね。でもプロ入り直後の新人時代はまず周りに合わせるところからのスタートになる。その過程で結果が出せずに終わってしまう選手を僕は何人も見ていますけど、大学だからこそ、自分が考えた方向に進めるというのはあると思いますし、彼の場合はその環境がプラスに働いたのかなと感じます。 ※以下出典先で フットボールゾーン9/15 引用元:…