1994年に公開された映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』には、一度だけ続編が現実味を帯びた時期がある。脚本は書き上がり、製作側の手元に届いた。その日付が2001年9月10日だった。翌朝、アメリカは同時多発テロに見舞われ、映画の企画どころではない日々が始まる。続編はそのまま前に進まなくなり、いまも作られていない。 今日の知ってた? 🎬 映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の続編の脚本が提出されたのは、2001年9月10日だった。その翌日に同時多発テロが起き、企画は宙に浮いたまま動かなくなる。1作目の脚色を担当したエリック・ロスは、あの出来事のあとにこの種の明るい物語を届けられる状況ではなくなった、という趣旨のことを語ったと報じられている。 背景:2001年秋、アメリカの映画界で起きていたこと テロの直後、アメリカのエンターテインメント業界はいったん手を止めた。公開予定作の延期、予告編の回収と差し替え、番組編成の全面的な組み替え。数週間にわたって、平常運転に戻れない状態が続いている。 よく知られている例をふたつ挙げると、テロ事件そのものを題材にしていたアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『コラテラル・ダメージ』は、秋の公開予定が翌年に先送りされた。『スパイダーマン』の予告編は、ワールドトレードセンターを使った場面が含まれていたため回収されている。作品の出来とは何の関係もない理由で、公開のかたちが次々に変わっていった時期だった。 つまり「テロで映画が一本流れた」という話は、この年の秋には珍しいことではなかった。むしろ流れなかった企画のほうが数えやすいくらいで、続編の一件もその大きな流れの中に置いて読むほうが実像に近い。 もう少し詳しく 脚本が届いたのは、本当に前日だった。提出は2001年9月10日。翌11日の朝に何が起きたかは、あらためて書くまでもない。読まれる前に世界のほうが変わってしまった、というのがこの話の骨格である。書類の日付が一日ずれていたら、この逸話は残らなかった。 脚本家エリック・ロスは、こう語ったと伝えられている。あれだけの惨事のあとで、こういう愛国的で心温まる物語を見たいと思う人はいないだろう——趣旨としてはそういう内容だったと報じられている。本人の発言としてそのまま引用できるほど文言がはっきりしているわけではないので、ここでは「そう語ったと伝えられている」という形にとどめておく。ロスは1作目の脚色でアカデミー賞を受け、その後も『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』『DUNE/デューン 砂の惑星』などを手がけている書き手である。 ただし、脚本が書かれたことと映画が作られることは別の話でもある。脚本の第一稿が製作会社に届いた企画のうち、実際に撮影まで進むものはごく一部しかない。仮にテロがなかったとしても、この続編が公開までたどり着いた保証はどこにもない。「あの日が企画を止めた」という語り口は分かりやすいぶん、原因をひとつに絞りすぎているところがある。 補足:もうひとつの事情、原作者の取り分 この件を追いかけると、必ず別の話が顔を出す。原作小説の著者ウィンストン・グルームと、映画会社との取り分をめぐるいざこざである。 映画界の契約では、出演者や原作者に支払われる歩合が「総収入(グロス)から何パーセント」なのか「純利益(ネット)から何パーセント」なのかで、手取りが桁ちがいになる。純利益は経費の計上のしかたでいくらでも圧縮できるため、世界的な大ヒット作でも帳簿の上では黒字になっていない、という事態が起こりうる。1作目の『フォレスト・ガンプ』は、その代表例として長く語られてきた作品だ。 伝えられているところでは、グルームは純利益からの分配を約束されていたために受け取り分がほとんど出ず、主演のトム・ハンクスは総収入からの歩合だったため大きな収入を得た。この落差が尾を引き、続編の映画化に原作者側が首を縦に振らなかった、という説明がよく紹介される。 もっとも、これも一本の筋で片づく話ではない。海外の掲示板では「グルームは1995年に、まとまった前払い金と総収入からの歩合を条件に続編小説の映画化権を売っている。そのうえで映画が作られなかっただけだ」という指摘も出ていて、経緯の細部は語り手によって食い違う。断定は避けておくが、少なくとも「テロだけが原因」ではなさそうだ、というくらいは言えそうである。 ちなみに、その続編にあたる小説は1995年に出ている。※ ※ 原題『Gump and Co.』。日本語での定訳が確認できなかったため、本記事では原題のまま表記する。 海外の反応 1. 海外の名無しさん 念のため言っておくと、脚本が存在することは映画が作られる予定だったことの証明にはならない。書かれたまま誰にも読まれずに終わる脚本のほうが圧倒的に多いわけで、あの日がなくても普通に消えていた可能性は十分ある。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) 本当にそう。製作会社に届いた企画のうち撮影まで行くのが何本に一本かを考えると、「止まった理由」を一つに決められる企画のほうが珍しい。 3. 海外の名無しさん そもそもここに因果関係はあるのだろうか。あの年の秋に起きなかったことなんて世の中に無数にあって、たまたま日付が隣り合っただけの話も混ざっている気がする。 4. 海外の名無しさん(>>3への返信) 脚本を書いたエリック・ロスが「あんな悲劇の後に、こういう前向きで愛国的な映画を見たい人はいないだろう」という趣旨のことを語ったと報じられている。作品の良し悪しではなく、単純に時期が悪かったという話らしい。 5. 海外の名無しさん(>>4への返信) そこは逆の見方もできると思う。当時のアメリカを覚えている人ならわかるはずだけど、あの直後は国中に星条旗が立って、ブッシュ大統領の支持率が九割を超えていた。前向きで愛国的な物語を最も求めていた時期でもあった。 6. 海外の名無しさん(>>4への返信) 撮影に入る直前だったとしても、劇場にかかるのはどう急いでも一年半は先になる。そのころには空気もずいぶん変わっていたはずで、時期の問題だけで片づけるのは少し無理があるように思う。 7. 海外の名無しさん 原作者が権利を渡さなかった、という話のほうを何度も読んだ記憶がある。もともと利益の分け前をもらう約束だったのに、会社側から「1作目は赤字でした」と言われて一銭も入らなかったらしい。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信) いわゆるハリウッド会計というやつ。あれだけ当たった映画が帳簿上は利益ゼロということになっていて、純利益から分配を受ける契約だった原作者には何も残らなかった。一方でトム・ハンクスは総収入からの歩合だったと言われている。契約書のたった一語で結果がここまで変わる。 9. 海外の名無しさん(>>8への返信) ただ、その原作者も1995年には続編小説の映画化権を、前払い金と総収入からの歩合という条件で売っているという話もある。だとすると「渡さなかった」ではなく「渡したのに作られなかった」になる。この件、語る人によって話が微妙に違うんだよな。 10. 海外の名無しさん 純利益からの歩合という条件は、映画の世界では基本的に受け取ってはいけないものだと言われている。『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンでさえ、正当な取り分をめぐって裁判をやっている。名前があっても安全ではない。 11. 海外の名無しさん そもそも原作小説と映画は、かなり別の作品なんだよね。小説のフォレストはもっと粗野で好感の持てない人物で、映画のあの誠実で憎めない主人公とは印象がまるで違う。共通しているのは大まかな設定くらいだと思う。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信) だから仮に続編を作っていたとしても、続編小説をそのまま映像にしたわけではないはず。1作目からしてほとんど別物として作り直しているわけで、原作どおりでないと怒るのは筋が違う気もする。 13. 海外の名無しさん 主人公が宇宙飛行士になる展開は、実は1作目の原作小説にすでに書かれている。映画のほうでも、エビ漁の船長になったフォレストにダン中尉が「次は宇宙飛行士か」と冗談を言う場面があって、あれはその名残らしい。 14. 海外の名無しさん 正直なところ、作られなかったのは悪いことばかりでもないと思っている。ああいう作品の続編は、よほどうまくやらないと思い出を薄めるだけで終わる。悪くない出来だったとしても、一作目の隣に置かれた瞬間に見劣りしてしまう。 15. 海外の名無しさん(>>14への返信) 「そこで私は、今度は反対方向に走ってみることにしました」みたいなナレーションが今にも聞こえてきそうで、想像しただけで少し悲しくなってきた。 16. 海外の名無しさん 当時を知らない人には伝わりにくいかもしれないけれど、あのあとの何週間かは本当に何もかもが止まっていた。テレビは通常の番組をやめ、劇場の予定も次々に組み替えられて、業界全体が息を潜めているような時期だった。 17. 海外の名無しさん 公開の延期や差し替えも相当な数にのぼったはず。テロを題材にした作品が翌年送りになったり、ニューヨークの高層ビルが映る場面のせいで予告編がまるごと回収されたり、そういう対応が一斉に走っていた。 18. 海外の名無しさん(>>17への返信) 刷り上がったポスターや配り終えた予告編まで作り直す判断を、各社が同時にやっていたわけだ。作品側にはどうしようもない事情で、公開のかたちだけが変わっていった時期だった。 19. 海外の名無しさん 記事にある「宙に浮いたまま」の状態、英語圏では地獄になぞらえた大げさな呼び方をされるけれど、実態としては要するに塩漬けである。誰も中止とは言わないのに、誰も先へ進められない。この状態から何年も抜け出せない企画は珍しくない。 20. 海外の名無しさん エリック・ロスはその後も第一線で書き続けているから、この一件で書き手が潰れたという話ではないのが救いではある。ただ、書き上げた原稿が読まれる前に世界のほうが変わってしまうというのは、経験としてはかなりこたえそうだ。 21. 海外の名無しさん そもそも1作目は、あの羽根が舞い上がっていくところできちんと終わっている作品だと思う。続きを想像する余地はあっても、続きを見せてほしいとは特に思わない終わり方だった。 22. 海外の名無しさん(>>21への返信) 続編が作られなかったおかげで完成度が保たれている作品って、案外あるよね。何十年か経ってから「あれは作らなくて正解だった」と言われるのは、ある意味で最高の褒め言葉かもしれない。 23. 海外の名無しさん 作られなかった映画の話は、その時代に何が受け入れられなかったのかの記録として読むと面白い。企画が止まった理由をひとつに決めつけずに、当時の空気ごと残しておくのがちょうどいいのだと思う。 まとめ 『フォレスト・ガンプ/一期一会』の続編の脚本が提出されたのは2001年9月10日で、翌日を境に企画は動かなくなった。コメント欄でまず出たのは「脚本があること自体は、映画が作られる証明にはならない」という冷静な指摘で、そこから当時の空気の話へ広がっていく。テロ直後のアメリカはむしろ前向きな物語を求めていたのではという声もあれば、公開は最短でも一年半先だったのだから時期の問題では説明しきれない、という反論も出た。さらに原作者の取り分をめぐる契約の話が持ち込まれ、続編が消えた理由は一本の線には収まらないという方向でおおむね落ち着いていた。 元ソース: 『フォレスト・ガンプ』続編の脚本は2001年9月10日に提出されたが、翌日の同時多発テロのあと企画は宙に浮いたままになった The post 「続編の脚本が届いたのは、2001年9月10日だった」映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の第2作が消えるまで appeared first on みんな知ってた?【海外の反応】.…