「プレゼントもお金もいらない、母さんが焼いたケーキだけでいい」。2か月前から念を押した、たった一つの頼みだった。当日、テーブルにケーキはなく、代わりに母がテーブル越しに押しやってきたのは、2週間前の集まりで4分の3が食べられたあとの、乾いたミニカップケーキだった。34歳の末っ子は、その場で何かを諦めた。海外の判定は? ※注:アメリカでは家族の誕生日に「その人が好きな味のケーキ」を用意する家庭が多く、手作りでなくてもスーパーのベーカリーコーナーで買っておくのが定番。ギフトカード(金額をあらかじめ入れておく前払いカード)は気軽な贈り物として一般的だが、「相手の好みを知らなくても渡せるもの」と受け取られることもある。 投稿者の相談 私は34歳、3人きょうだいの末っ子だ。収入も生活も安定していて、ジムにも通っているし健康にも問題はない。昔から家族には「この子は心配しなくていい子」と言われてきた。母との関係は、私から見て良好とは言えない。でも母にとってはすべて順調で、何かあっても「あの子はそのうち忘れる」か「そんなこと、あったかしら。あなたの夢じゃない?」で片づけられる。子どもの頃、私が作り話ばかりする子だったから、というのが母の言い分だ。 きょうだいの誕生日には毎年、その人のことをちゃんと考えた贈り物と、その人が好きな味のケーキが用意される。私は2年前、ギフトカードだけをもらった。お金はいらない、それを渡されると自分のことを何も知られていないのだと分かってつらい、と何年も伝えてきたのに、だ。ケーキもなかった。 だから今年は、2か月も前から一つだけ頼んだ。プレゼントもお金もいらない、母が焼いたケーキが食べたい、と。母は約束してくれた。何度も、必ず作ると言ってくれた。こんな小さな願いに、自分でも情けなくなるくらい期待していた。 誕生日当日、私は兄を車で拾って母の家へ向かった。玄関を開けて最初に言われたのは「お兄ちゃんは?」だった。いつもどおりだ。「元気だよ、母さんは?……そう、それはよかった。兄さんは車から荷物を出してるよ」と自分で会話を組み立てて、そこでようやく「誕生日おめでとう」が返ってきた。 飲み物を取りに冷蔵庫を開けた。ケーキはない。キッチンのカウンターにも、ダイニングテーブルにも、冷蔵庫の中にもなかった。それでも私は、まだどこかで期待していた。食事が終わって、いつも私が一人で回している会話が一段落したところで聞いた。「デザートは何?」 母の答えはこうだった。「あら、ケーキ忘れてた。この前の集まりのカップケーキが残ってたはずよ」。そう言って出してきたのは、2週間前の、4分の3が食べられて乾ききったミニカップケーキだった。 私が落ち込んでいるのに姉が気づいて、母に理由を説明してくれているのが聞こえた。私は姪と遊んでいるふりをしていた。返ってきたのは、また同じ言葉だった。「あの子はそのうち忘れるって。見た感じ平気そうじゃない」 言っておくと、私は市販のケーキでも十分うれしかった。しかも母も継父も、ベーカリーコーナーが評判のスーパーで働いている。母は家族が集まるたび、そこでデザートを買ってくる。「みんなで食事をするならデザートがないと」が母の持論だからだ。 その日、私は姉と兄に伝えた。もう終わりにする、と。あれは私の母じゃない、二人の母だ。「お母さん」というのは与えられる肩書きじゃなくて、努力して手にするものだと私は思っている。私は誰の母親のことも、そうでないと分かるまでは「お母さん」と呼ぶ。でも彼女には、その呼び方は渡せない。 二人は「波風を立てるな、許してやれ」と言う。でも、母がきょうだいを大事にするのを横で見ながら、自分だけ何度も踏みつけられるのはもう嫌だ。私のためだけの1日を祝えない人の誕生日と母の日を、これからも祝えというのか。 (追記)姉は姉なりに動いてくれてはいる。私への贈り物を「母から」ということにして、自分で選んで用意してくれていたこともある。姉は今、母と同居している。もう一つ。数年前、母は酒の入った席で、父は3人目の子どもを望んでいなかったと私に話した。それでも父は、亡くなるまで毎年、私の誕生日を心から祝ってくれた。 正直に言うと、この件以来、自分の誕生日を祝うこともやめようと思っている。私が間違ってる? 海外の反応 1. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍2,481) 母親の誕生日も母の日も、これからは全部そのまま飛ばせばいい。もし何か言われたら、あなたがずっと言われ続けてきた言葉をそのまま返してあげて。「そのうち忘れるでしょ。見た感じ平気そうだし」ってね。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信・投稿者は悪くない・👍733) わざわざ宣言したり揉めたりする必要はないよ。相手が自分に向けてきたのと同じ分だけ返す、それだけ。予定が入った、今年は行けない、で毎回終わらせればいい。理由を説明してあげる筋合いもない。 3. 海外の名無しさん(>>1への返信・投稿者は悪くない・👍673) 私なら忘れたふりをするな。「言ったでしょう」と怒られたら、「そんなこと言われたかしら。夢でも見たんじゃない?」とそのまま返す。何年も浴びせられてきた言葉なんだから、一度くらい本人の耳に入れてもいいと思う。 4. 海外の名無しさん(>>1への返信・双方ダメ・👍214) 同じことをやり返したい気持ちは分かる。でもそれって、結局は母親と同じ土俵に上がるということだよね。すっきりするのは最初の一回だけで、あとに残るのは今とまったく同じ空気だと思う。仕返しの手順を考えるのに時間を使っている時点で、両方どうかと思うよ。 5. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍683) 投稿者は何も悪くない。ただ、母親という一点だけ、本当にくじ運が悪かったね。こればかりは努力でどうにかなる話じゃないから、こちらから引くしか手がない。気の毒としか言えない。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信・投稿者は悪くない・👍415) 彼が悲しんでいるのはケーキじゃないと思う。ここまで小さな頼みなら応えてくれるかもしれない、と信じ続けてきた母親像のほうだよ。距離を置くのは冷たいんじゃなくて、自分の希望ではなく母親の実際の振る舞いのほうを信じることにした、というだけの話。 7. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍409) 自分のことを気にかけていない相手に、これ以上エネルギーを注ぐのはやめよう。返ってこないと分かっている場所に注ぎ続けるのは、優しさじゃなくてただの消耗だよ。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信・投稿者は悪くない・👍134) 他の2人の誕生日も好きなケーキの味も毎年きちんと覚えていられるのに、彼のためにスーパーで一つ買っておくことはできなかった。能力の問題じゃなくて、そこに気持ちを向ける気がないだけ。彼がどれだけ頑張っても、そこは動かないよ。 9. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍359) 母親の誕生日を祝うのをやめるのは好きにすればいい。でも、自分の誕生日まで祝うのをやめるなら、そこは投稿者が悪い。自分の一日まで母親に明け渡すことになるよ。言いたいことは本人に直接ぶつけて、あとは自分を大事にしてくれる人たちと過ごせばいい。あの人が良い母親になる日は来ない。その夢のほうを手放して。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信・投稿者が悪い・👍188) 同意する。34歳になっても、母親の反応次第で自分の誕生日の価値が決まる状態から抜け出せていないのが一番の問題だと思う。祝うのをやめると宣言する相手を、そもそも間違えているよ。 11. 海外の名無しさん(判定保留・👍147) 一つ確認したい。母親の「覚えていない」は本当に嘘なの?年齢による変化や体調の可能性を、きょうだいの誰かが一度でも確かめたことはある?そこが分からないと、私は判定を出せない。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信・投稿者は悪くない・👍96) その可能性は私も考えた。でも母親は他の2人の好きな味は毎年覚えていて、集まりのたびに職場のベーカリーでデザートを買ってくるんでしょう。抜け落ちる相手が毎回同じ一人だけなら、それは記憶の問題じゃないよ。 13. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍67) 祝い続けて、あなたに何の見返りがあるの。少なくともあなたに対しては、あの人は何の役にも立っていない。これを人生ずっと引き受けてきたのなら、そりゃあ限界も来るよ。 14. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍58) 私もそういう家で育った。理由はたぶん単純で、私が「放っておいても平気な子」で、きょうだいはがっかりさせると面倒なことになる子だったからだと思う。愛情を出し惜しみされる家だと、ほんの少し与えられただけでうれしくなってしまうんだよね。 15. 海外の名無しさん(誰も悪くない・👍64) 角度を変えて見てほしい。母親にとってケーキはただのデザートで、投稿者にとっては自分が家族の中に数えられているかどうかの確認だった。同じ単語でまったく別のものを話していたのなら、悪人はどこにもいない。ただ一度も通じていなかっただけだよ。 16. 海外の名無しさん(>>15への返信・双方ダメ・👍52) 通じていなかった、で片づけるには回数が多すぎない?とはいえ投稿者の側も、2か月かけて念を押す代わりに「これが最後のつもりで頼んでいる」と正面から一度でも言ったのかは気になる。伝わらない伝え方を何年も続けた側にも、少しは責任があると思う。 17. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍46) 34歳でしょう。自分を大切にしない人からの承認を待つのは、そろそろ終わりにしていい。あと何回断られたら足りるの。もう十分すぎるほど確かめたじゃないか。 18. 海外の名無しさん(>>17への返信・投稿者は悪くない・👍38) 言い方は厳しいけれど、その通りだと思う。期待をゼロにした瞬間から、驚くほど楽になるよ。祝うのをやめるのは仕返しじゃなくて、これ以上削られないための最低限の防御だから。 19. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍40) これからは「お母さん」ではなく名前で呼べばいい。連絡も必要最小限にして、行事は自分が行きたいものだけ選ぶ。呼び方が変わると、こちらの心の置き場所も少しずつ変わってくるよ。 20. 海外の名無しさん(>>19への返信・投稿者が悪い・👍29) 名前呼びはやりすぎだと思う。相手を刺すための小細工を始めた時点で、投稿者はもう「祝わないだけの人」ではなくなるよ。黙って距離を取れば済む話なのに、わざわざ相手に効く方法を探しにいくのは違うんじゃないかな。 21. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍30) 家の中で誰か一人が我慢役を降りると、たいてい次は「お気に入り」の誰かがその役を回されることになる。きょうだいが許してやれと言うのは、投稿者のためというより、自分たちの立ち位置を守るためじゃないかな。 22. 海外の名無しさん(>>21への返信・投稿者は悪くない・👍22) うちもまったく同じだった。波風を立てるなと言ってくる人は、たいてい自分が波をかぶりたくないだけ。母親が泣き出せば、その場で悪者にされるのはいつも声を上げた側だしね。 23. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍27) 投稿者はコメント欄で、完全に縁を切ることはできない、母も歳だし後悔したくないと書いていた。それでいいと思う。顔は出すけれど期待はしない、行事の優先順位は下げる。そのくらいの距離が結局は一番長持ちするよ。 24. 海外の名無しさん(>>23への返信・双方ダメ・👍19) その中途半端が一番しんどいと思うけどな。関係は続けながら心の中でずっと罰し続けるのって、結局は母親の「なかったことにする」とやっていることが変わらない。どちらも相手と正面から話す気がないんだよ。 25. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍24) 誕生日は自分で作ればいいよ。行きたかった場所に行く、食べたかったものを食べる。3回か4回続ければ、それがちゃんと自分の恒例行事になる。ケーキは自分で買え、それも一番いいやつを。 まとめ 判定は「投稿者は悪くない」が大多数だった。ケーキが出てこなかったこと自体より、他のきょうだいには毎年きちんと用意されているという差のほうが問題だ、という指摘が並んでいる。一方で「母親を祝うのをやめるのは自由だが、自分の誕生日まで手放すなら、それは自分の一日を母親に明け渡すのと同じだ」という反対も強く、ここが判定の割れた唯一の争点になった。「回数が多すぎる」「いや、そもそも一度も通じていなかっただけ」という見方の分かれ方も面白い。 「そのうち忘れる」と言われ続けた側が、その言葉どおりに忘れる日は来ない。あなたが投稿者の立場なら、母の日のカードをもう一度だけ書くだろうか。それとも今年から、自分のためだけにケーキを買うだろうか。 元スレッド: 「私が悪いの?母の誕生日と母の日を祝うのをやめた件」(元投稿) The post 「あら、ケーキ忘れてた」2週間前の食べかけを出された34歳が、母の誕生日をやめた話 appeared first on 私が悪いの?【海外の反応】.…