映画『300〈スリーハンドレッド〉』でレオニダス王が叫ぶ「これがスパルタだ!」。井戸のふちに立った使者を蹴り落とす、わずか三秒ほどの場面である。公開から二十年近く、動画サイトのリミックス素材として数え切れないほど擦られ、いまだに音を思い出せる人が大勢いる。ところがあの叫び方は、撮影のかなり後になってから生まれたものだった。最初は、低く抑えた唸り声だったという。 ※注:『300〈スリーハンドレッド〉』=2007年公開のアメリカ映画。日本でも同年に公開された。フランク・ミラーの同名グラフィックノベルを原作に、ザック・スナイダーが監督した。紀元前480年、ペルシャの大軍に対してスパルタ王レオニダスと三百人の兵が狭い峠で立ちはだかった「テルモピュライの戦い」を、極端に色を落とした映像と多用されるスローモーションで描いた作品である。 今日の知ってた? 🎬 「これがスパルタだ!」は、当初は低く抑えた唸り声で演じられていた。その調子で何テイクか撮り終えたあと、レオニダス役のジェラルド・バトラーが「もう1テイクだけやらせてほしい」と自分から申し出た。そこで出てきたのが、のちに映画館の外まで広まっていくあの絶叫である。現場の全員が「これで撮れた」と思っていた段階から、演者ひとりの申し出でひっくり返った一言だった。 背景:あれはどんな場面だったのか 問題の場面は、映画の序盤に置かれている。ペルシャ王クセルクセスの使者がスパルタに乗り込んできて、服従の証として「土と水」を差し出せと要求する。レオニダスは応じない。押し問答の末、彼は使者を広場の井戸のふちまで後ずさりさせ、剣を抜き、そして叫ぶ。「これがスパルタだ!」——蹴り。使者は闇の中へ落ちていく。 直前に使者本人が「これは狂気だ」と叫んでおり、レオニダスの一言はその返答という形になっている。この二つがセットで記憶されているのは、そのためである。映像はここでスローモーションに切り替わり、色は褪せた金と灰に統一され、動きだけが引き伸ばされる。台詞・演技・撮り方の三つが同じ一点に集まる、映画全体でいちばん分かりやすい見せ場だ。 公開されたのは2007年。ちょうど動画共有サイトが一般に広まりきった時期と重なっていた。音声だけを切り出し、テンポの速い電子音楽に乗せて延々と繰り返す——いわゆる「スパルタ・リミックス」と呼ばれる形式の動画が大量に作られ、数年にわたって流行が続いた。元の映画を観たことがないまま、あの叫び声だけを知っている人が生まれるほどの規模だった。 もう少し詳しく 最初の演じ方が「間違い」だったわけではない。低く抑えた唸り声は、スパルタという題材から考えればむしろ自然な選択である。スパルタ人は言葉数の少なさで知られており、英語で「寡黙な、そっけない」を意味する laconic という単語は、スパルタのあったラコニア地方に由来している。感情を大声で表に出さないことこそがスパルタらしさだ、という発想は十分に成り立つ。実際、コメント欄には「原作のコミックでも静かに言っている」「静かに凄むほうが好みだった」という声がいくつも並んでいた。あの絶叫は、正解を選んだというより、用意されていた正解を一度捨ててみた結果に近い。 「もう1回」と言い出せる場面は、実はそう多くない。撮影現場では、監督が納得して次へ進むと決めた時点で、そのカットは終わったものとして扱われる。人も機材も次の段取りに動き出す。そこへ演者本人が「もう1テイクだけ」と申し出るのは、全員の時間を止めることでもある。バトラーの場合、それが結果として二十年語り継がれる三秒になった。逆に言えば、あの一言がなければ、映画は低い唸り声のバージョンのまま公開されていたということでもある。 似た経緯の名場面は、ほかにもある。コメント欄で真っ先に挙がっていたのが、映画『レオン』でゲイリー・オールドマンが演じた悪徳刑事の「全員だ!!!」という叫びだった。あれは一度きりのいたずらのつもりで、監督のリュック・ベッソンを驚かせるためにやったもので、録音技師にだけは「耳をやられるから気をつけろ」と事前に伝えてあった——と伝えられている。そして、そのテイクがそのまま本編に使われた。台本にも段取りにも書かれていない一回が、キャラクターの印象を決めてしまうという点で、レオニダスの話とよく似ている。 史実のテルモピュライは、どこまで映画どおりか 「三百人だけで戦った」わけではない。紀元前480年、クセルクセス1世率いるペルシャ軍を狭い峠で食い止めたのは、ヘロドトスの『歴史』によればおよそ七千人規模のギリシャ連合軍である。スパルタの正規兵三百人は、その中核ではあっても全部ではない。最後の日、退路を断たれたと分かってなお踏みとどまったのも、スパルタ兵三百人に加えてテスピアイ人が七百人、テーバイ人が四百人ほどいたと記録されている。三百という数字だけが後世に残ったのは、物語としての切れ味が良かったからという面が大きい。 映画の誇張には、作品内で言い訳が用意されている。『300』の語りは、生き残って本国へ戻された兵ディリオスが、他の兵たちを鼓舞するために語って聞かせる、という形式をとっている。つまり画面に映るものは全部、戦意を高めるために盛られた語りだという建て付けである。三メートル近い背丈で全身を金の装身具で覆ったクセルクセス、鎧を着ずに赤いマントと兜だけで戦うスパルタ兵、化け物じみたペルシャ側の兵——いずれも史実ではないが、「そう語られた」ものとしては筋が通る。実際のスパルタ重装歩兵は、青銅の胸当てと脛当てで固めた重装備で戦っている。 井戸のくだりには元ネタがある。ヘロドトスによれば、紀元前491年、ペルシャ王ダレイオス1世が服従の証として「土と水」を求める使者をギリシャ各地へ送ったとき、スパルタ人は使者を井戸に投げ込み、「土と水なら、そこから自分で掘って持ち帰れ」と言い放ったという。アテナイも同様に使者を処刑している。テルモピュライの十年以上前の出来事で、当時のスパルタ王もレオニダスではないのだが、映画の場面がこの逸話を下敷きにしていることは間違いないだろう。 レオニダスの台詞として有名なもう一つの言葉。後代のプルタルコスが伝える逸話では、武器を捨てろと迫ったペルシャ側に対し、レオニダスは「モロン・ラベ(来て、取れ)」と応じたとされる。映画にも同じ趣旨の台詞が出てくる。スパルタ人の短い返答としてはもう一つ、マケドニアのフィリッポス2世が「もし私がラコニアに侵入すれば、スパルタを地に均すことになる」と書き送ったのに対し、返ってきたのが「もし」の一語だけだった、という話も残っている。寡黙を意味する英単語が生まれるだけの下地は、確かにあったわけである。 海外の反応 1. 海外の名無しさん あの一言がインターネットを完全に支配していた時期があった、というのが伝わらない世代がもう出てきているんだよな。当時は動画サイトを開けば、五本に一本はあのセリフを切り貼りしたリミックスだった気がする。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) 懐かしさで胸が痛い。直前の「これは狂気だ」のほうまで含めて、いまだに脳内で完全に再生できる。二十年近く経つのに、この記憶領域だけは一向に解放されない。 3. 海外の名無しさん(>>2への返信) しかも当時のあの手の動画って、画質が最大でも240pだったんだよ。輪郭がにじんで色も潰れている粗い映像で、よくあれだけ熱狂できたものだと思う。今になって見返すと、その粗さのほうが本体だった気さえする。 4. 海外の名無しさん 「『これがスパルタだ』とレオニダスは静かに言った」。こう書くだけで、まったく別の作品の一行になってしまうのが面白い。そして最初のテイクは、実際にこれに近かったわけだ。 5. 海外の名無しさん(>>4への返信) そこは「レオニダスは寡黙に言った」に直したほうがもっと効く。寡黙を意味する laconic という単語自体がスパルタのラコニア地方から来ているので、この一行に使うには出来すぎているくらいだ。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) 語源どおりの使い方をされると、茶化すつもりで開いたコメント欄で急に姿勢を正すことになる。スパルタ人が短く喋るせいで生まれた単語が、二千五百年後に映画の演技の話で使われている。これはこれで大した継承だと思う。 7. 海外の名無しさん 元の投稿に「悪名高い」と書いてあるけど、これは悪いことで有名になったわけじゃないよね。純粋にかっこよかったから有名になったので、普通に「有名な」でいいと思う。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信) ただ一時期はあまりにも擦られすぎて、日常会話の中で唐突に言い出す人まで湧いていたからな。あの飽和状態と、そこから何年も止まらなかったことを思えば、悪名のほうに片足は突っ込んでいた気がする。 9. 海外の名無しさん 映画史に残る台詞が、実は役者が現場でふざけたり思いつきで試したりした結果だった、という話は思っている以上に多い。きっちり設計された台詞より、そういうもののほうが長く残っているのはなぜなんだろう。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) それが芸術というものなんだと思う。現場に遊びの余地が残っているほど、予定になかった面白いものが出てくる。逆に一分の隙もなく管理された現場からは、想定どおりのものしか出てこない。 11. 海外の名無しさん 似た話だと、映画『レオン』でゲイリー・オールドマンが放つ「全員だ!!!」の絶叫がある。あれは一回きりのいたずらのつもりでやったのに、そのテイクがそのまま採用されたと言われている。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信) いたずらの相手は監督のリュック・ベッソンで、録音技師にだけは「耳をやられるから気をつけてくれ」と事前に伝えていたらしい。驚かせる相手と巻き添えを食う相手をちゃんと区別しているのが妙に律儀でいい。 13. 海外の名無しさん(>>11への返信) あの突然の爆発があるから、それまで積み上げてきた腐敗も薬物も冷たい残酷さも、全部が一気に回収される。あの一回のテイクが、あの役を映画史上屈指の悪役に押し上げたと言っていいと思う。 14. 海外の名無しさん 自分はずっと逆で、静かに言うバージョンのほうがスパルタらしいと思っていた。原作のコミックでも静かに言っているし、スパルタ人は叫ばずに戦争を始めて、背後の爆発を振り返らずに歩き去るものだろう。 15. 海外の名無しさん(>>14への返信) 言いたいことは分かるし、原作寄りに撮るならその選択だったと思う。ただ、あの叫びがなければこの映画がここまで語り継がれることはなかったはずで、興行としてはどう見ても正解を引いている。 16. 海外の名無しさん スローモーションと合わせて、当時としては映像表現の頂点だったんだよな。今の目で見ると色調がやりすぎに見えるけど、公開当時にあれを劇場で浴びた衝撃はちょっと説明しづらいものがある。 17. 海外の名無しさん(>>16への返信) 散々パロディにされたせいで安っぽく扱われがちだけど、あの色の落とし方とコマの止め方は本当に発明だったと思う。パロディが大量に作られること自体、その形式が強かった証拠でもあるし。 18. 海外の名無しさん 立ち位置としては『マトリックス』のバレットタイムに近い。新しい技術というより「見せ方」の発明で、その後の十年ぐらい、あらゆる作品が真似しては消費し尽くしていった。 19. 海外の名無しさん 『アベンジャーズ/エンドゲーム』でキャプテン・アメリカが例の決め台詞を静かに言うところ、個人的には叫んでほしかった。溜めに溜めた末に囁く演出も理解はできるんだけど、あそこは劇場が揺れるほうが好みだった。 20. 海外の名無しさん ロボットチキン(アメリカの人形コマ撮りコメディ番組)のパロディで、男が奥さんを紹介しながら胸を蹴り飛ばして「これがマーサだ!」とやるやつがあって、あれで呼吸ができなくなるほど笑った記憶がある。 21. 海外の名無しさん あの頃の動画サイトの黄金期といえば、これと「ホビットたちをアイゼンガルドへ連れていく」と「ラム酒はどこへ消えた」の三本柱だった。全部、映画のワンフレーズをひたすらループさせるだけの動画である。 22. 海外の名無しさん(>>21への返信) 自分のネット文化の記憶が2000年代半ばで止まっているのが、こうして並べられると少し悲しい。当時は何がそんなに面白いのかも分からないまま、友達と回して見せ合っていたんだよな。 23. 海外の名無しさん この話でいちばん好きなのは、何テイクか撮り終えて現場の全員が「これで撮れた」と思っている場に、本人だけが「もう1回やらせてくれ」と言い出したところだ。その一言がなければ、ここ二十年ぶんの騒ぎは丸ごと存在していない。 まとめ 『300〈スリーハンドレッド〉』の「これがスパルタだ!」は、当初は低く抑えた唸り声で演じられていた。その調子で何テイクか撮ったあと、ジェラルド・バトラーが自分から「もう1テイクだけ」と申し出て、あの絶叫が生まれたという。寡黙さで知られるスパルタを描く以上、静かに凄む演技のほうがむしろ筋は通っていた。用意されていた正解を一度捨ててみたテイクが、そのまま二十年残ったことになる。 コメント欄は「あの一言がネットを支配していた時期を知らない世代がいる」という嘆きから始まり、240pの粗い画質への懐かしさ、寡黙を意味する英単語の語源がスパルタだという指摘、『レオン』の叫びも一回きりのいたずらだったという話へと広がっていった。「静かに言うほうが原作らしい」という声も根強く、それに対して「あの叫びがなければここまで残らなかった」と返す人がいる。どちらも正しいまま噛み合わないところが、この三秒の面白さなのだと思う。 元ソース: 「映画『300』の有名な『これがスパルタだ!』は、当初は低く抑えた唸り声で演じられていた。何テイクか撮ったあと、ジェラルド・バトラーがもう1テイクやらせてほしいと申し出て、あの語り口が生まれた」(元スレッド) The post 「もう1テイクだけやらせてほしい」映画『300〈スリーハンドレッド〉』のあの叫び、最初は低く抑えた唸り声だった appeared first on みんな知ってた?【海外の反応】.…