「史上もっとも高くついた災害は何か」という問いに、地震でも津波でもハリケーンでもなく、1986年の原発事故の名前が挙がることがある。インフレ調整後で2兆ドルを超える、という数字だ。ところがこの数字を追いかけていくと、金額そのものよりも「何を費用として数えるか」のほうがずっと難しい問題だということが見えてくる。 ※注:この記事に出てくる金額は、いずれも推計値である。事故の費用は、集計した機関、対象とした期間、含める項目、通貨の換算方法によって大きく動く。「これが正解」という確定した一つの数字は存在しない。 今日の知ってた? 💰 1986年のチェルノブイリ原発事故の被害総額は、インフレ調整後で2兆ドルを超えるという試算がある。1ドル150円で換算すればおよそ300兆円だが、為替が動けば数十兆円単位で変わる数字である。そしてこれは確定値ではない。除染費用、避難と移住、失われた農地と森林、健康被害への補償、事故炉を覆う建造物の建設費、当時のソ連経済への影響——どこまでを「事故の費用」に含めるかで、同じ一つの事故の見積もりが数百億ドルにも数兆ドルにもなる。金額の幅そのものが、この災害の性格を表している。 背景:1986年4月26日に何が起きたのか 現場はウクライナ北部、ベラルーシとの国境近くにあったチェルノブイリ原子力発電所の4号炉である。1986年4月26日の未明、外部電源が失われた場合にタービンの惰性回転で電力をまかなえるかを確かめる試験の最中に出力が急上昇し、水蒸気爆発が起きた。炉の上蓋が吹き飛び、減速材として使われていた黒鉛が燃え始める。 被害を大きくしたのは、この型の炉が頑丈な格納容器に覆われていなかったことだった。西側の多くの原発が備えていた分厚いドーム状の構造がなく、炉心の中身が直接、上空へ吹き上がる形になった。放射性物質は数日かけて風に乗り、ヨーロッパの広い範囲に落ちていった。 異変を最初に外部へ知らせたのはソ連ではない。事故から二日後、スウェーデンの原発で出勤してきた作業員の靴から放射性物質が検出され、自国の設備の漏えいを疑って調べたところ、風上をたどると国境のはるか向こうに行き着いた。この指摘を受ける形で、ソ連はようやく事故の発生を公表している。 発電所の職員が暮らしていた隣接都市プリピャチでは、翌4月27日に約4万9000人の住民が退避した。持ち物は数日分でよい、すぐ戻れる、と説明されたが、その街に住民が帰ることは二度となかった。原発から半径30キロ、面積にしておよそ2600平方キロメートルが立入禁止区域に指定され、ベラルーシ側にも同種の区域が設けられた。 ※注:立入禁止区域=汚染の程度が高く、居住や通常の経済活動が禁じられた区域のこと。チェルノブイリの場合、許可を受けた作業員・研究者・見学者だけが立ち入れる。除染=表土を削り取る、建物を洗浄する、汚染された資材を埋設するなどして、その場所の放射性物質を減らす作業を指す。 後始末に動員された人の数も桁が違う。旧ソ連の三か国で「事故処理作業に従事した者」として登録された人は、のべ60万人規模にのぼるとされる。軍人、消防、鉱山労働者、建設作業員、医療関係者——普通の災害復旧では出てこない構成の集団である。 「2兆ドル」は何を数えた数字なのか ここが本題である。事故の費用として持ち出される金額は、大きく四つの層に分かれる。 直接の対応費用:消火、避難と輸送、除染、事故炉の封じ込め工事、作業員への手当 失われた資産:発電所そのもの、放棄された都市と町村の建物、二度と耕せなくなった農地、伐採できなくなった森林 四十年ぶんの継続費用:立入禁止区域の維持管理、健康影響を受けたとされる人々への社会保障給付、長期の健康調査、新しい覆いの建設と維持 間接的な経済損失:農産物の輸出が止まったこと、周辺地域の産業が成立しなくなったこと、そして旧ソ連経済全体が受けた打撃 一つ目だけを積み上げれば、数百億ドル規模で収まる。四つ全部を四十年分たし合わせ、さらにインフレ調整をかければ、兆の単位になる。「2兆ドル」という数字は後者の数え方をした場合の推計であり、前者の数え方をしている資料と比べると、同じ事故なのに二桁近く違う。どちらかが嘘をついているわけではなく、そもそも数えている対象が違う。 換算の問題も重い。当時の支出はルーブル建てだった。ゴルバチョフは後年、封じ込めと除染に180億ルーブルを費やしたと書いているが、この時期の公定為替レートは実勢の購買力を反映しておらず、それを現在のドルに直す時点で、推計の上にもう一段の推計が乗る。しかも支出した国家はすでに存在せず、費用はウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三か国に分かれて引き継がれた。四十年ぶんの物価調整を、消滅した国の会計に対してかけている——これが、金額が一本に定まらない構造的な理由である。 国ごとの自己申告もある。ベラルーシは国土のおよそ2割が汚染の影響を受けたとされ、30年間の自国の被害を2350億ドル相当と見積もった数字を公表している。独立直後のウクライナでも、国家予算のうち数パーセントがチェルノブイリ関連の支出に充てられていた時期があるとされる。こうした数字は集計の目的も基準もばらばらで、単純に足し算できるものではない。 もう少し詳しく:費用は今も発生し続けている 最初の覆いは、急ごしらえだった。1986年5月から11月にかけて、破壊された4号炉の上に鉄とコンクリートの構造物が組み上げられた。のちに石棺と呼ばれるものである。放射線量の高い現場で、設計と施工を同時に進めながら、およそ200日で仕上げられた。だが応急処置であることは最初から分かっていて、耐用年数も長くは見込まれていなかった。年を追うごとに雨漏りと変形が進み、崩落の懸念が指摘されるようになる。 ※注:石棺=事故直後に4号炉を覆うために築かれたコンクリート製の構造物。放射性物質の飛散を止めるための応急的な蓋であり、内部の燃料を取り出す機能はない。 二枚目の覆いは、国際共同事業になった。石棺をさらに丸ごと包む巨大な鋼鉄のアーチが、少し離れた場所で組み立てられ、2016年11月にレールの上を滑らせて所定の位置へ移動した。高さは百メートルを超え、重量は三万トン規模。2019年にウクライナ側へ引き渡されている。建設費はおよそ15億ユーロとされ、その資金は欧州復興開発銀行が管理する基金を通じて、四十を超える国と機関が拠出した。設計上の耐用年数は百年——つまり、次の百年ぶんの維持費もこれから発生する。 ※注:新安全閉じ込め設備=石棺ごと4号炉を覆う大型のアーチ状建屋。外部への飛散を止めるだけでなく、内部で石棺と炉の解体作業を進めるための遠隔操作クレーンを備えている。 そして本番はまだ始まっていない。覆いをかけたのは、事故を片づけたからではなく、片づける準備が整ったからである。溶け落ちた燃料と、四十年前の瓦礫を取り出して処分する作業はこれからで、完了の目標は今世紀の後半に置かれている。立入禁止区域の管理も、被災者として登録された人々への給付も、その間ずっと続く。総額を確定できないいちばん単純な理由は、支払いがまだ終わっていないことだ。 ついでに、あまり知られていない事実を一つ。事故を起こした発電所そのものは、あの夜で止まったわけではない。残る号機は運転を続け、最後の一基が停止したのは2000年12月である。十四年間、事故炉の隣で発電が続いていた。 近年は条件がさらに複雑になっている。2022年以降、現地は戦時下に置かれ、平時の前提で組まれていた維持管理の計画が通用しなくなった。2025年にはアーチ外殻の一部が損傷を受けたと報じられ、修復の見通しをめぐる議論が続いている。四十年前の事故の請求書は、いまだに新しい行が書き足されている。 死者数についても、推計は機関ごとに割れている 費用の話と同じ問題が、より重い形で出てくるのが死者数である。ここは特に慎重に扱う必要がある。 比較的一致しているのは、事故直後の部分だ。爆発の現場で作業員2名が死亡し、消火と初期対応にあたった人々のうち、急性放射線障害でその年のうちに30名前後が亡くなった。国際機関の集計でも28名から31名程度と、幅は小さい。 一致していないのは、長期の影響である。事故当時18歳未満だった人々のあいだで甲状腺がんが明らかに増えたことは、国連の科学委員会の報告でも確認されている。報告された症例は数千件から数万件の規模とされ、多くは治療が可能だが、死亡例もある。問題はその先だ。広い範囲に薄く広がった被ばくが、数十年かけてどれだけの死者を生むのか——ここで推計が大きく分かれる。 2000年代半ばに国際機関が合同でまとめた報告書は、被ばく量の大きかった集団について、最終的に最大4000人程度という数字を示した。一方、対象をより広い低線量被ばくの人口まで広げた別の推計では、数万人という数字が出ており、さらに大きな数を主張する団体もある。 なぜこれほど違うのか。ごく小さな個人あたりのリスクを、非常に多くの人数に掛け算するという方法をどこまで信用するか、という一点で結果が変わるからである。この掛け算は、集団全体の防護方針を決めるためには有用だが、それで具体的な死者数を出すことについては、国連の科学委員会自身が慎重であるべきだと述べている。がんは他の原因でも起きるため、一人ひとりについて「事故が原因だった」と判定することもできない。 したがって本記事では、どの数字が正しいかを決めない。機関によって前提が違い、推計に大きな幅があるということ自体が、押さえておくべき事実である。そして費用の議論に戻れば、健康被害をどう金額に換算するかで総額が動く以上、この幅はそのまま「2兆ドル」という数字の不確かさにもつながっている。 海外の反応 1. 海外の名無しさん 街が一つと、いくつもの町と村が、そのまま永久に放棄されたわけで。それだけで普通の災害とは桁が違う。建物も畑も道路もそこにあるのに二度と使えない、という損失は数え方が難しい。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) 4万9000人が暮らしていた街が、そっくり残ったまま空になった。壊れて廃墟になったのではなく、家具も食器も置きっぱなしで人だけがいなくなった。あの状態を会計上どう処理するのか、いまだに想像がつかない。 3. 海外の名無しさん いまも費用が出続けている、というのがこの話のいちばん効いている部分だと思う。新しい覆いは百年もつ設計で、その百年ぶんの維持費も誰かが払うことになる。記録を更新し続けるタイプの災害というのがまず珍しい。 4. 海外の名無しさん(>>3への返信) 「まだ終わっていない」が要点だよね。溶けた燃料を取り出す作業はこれからで、完了予定は今世紀の後半。請求書がまだ発行され続けている段階なんだから、総額を一つの数字で出すこと自体に無理がある。 5. 海外の名無しさん 金額の話になるといつも思うのが、どこまで含めるかで全部変わるということ。除染だけなら数百億ドル、失われた農地と補償と四十年ぶんの維持費まで足せば兆の単位。同じ事故なのに二桁近く違ってくる。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) しかも当時の支出はルーブル建てで、公定レートが実勢とかけ離れていた時代のもの。それを現在のドルに直す時点で、もう一段推計が乗る。数字がきれいな一本にならないのは当たり前だと思う。 7. 海外の名無しさん 「インフレ調整後」という言葉が出るたびに考えるんだけど、原始人のウグが隣のググの焚き火を消し止めた事故も、四万年ぶんインフレ調整したらとんでもない金額になるのでは。 8. 海外の名無しさん(>>7への返信) その計算でいくと、木の上から卵を落としたリスの過失が史上最悪の経済損失ということになる。金額を表す単位のほうが先に足りなくなりそうだ。 9. 海外の名無しさん 事故を詳細に追ったノンフィクション(アダム・ヒギンボタム著、原題 Midnight in Chernobyl)を読むと、後始末の出費がソ連の財政にどう効いたかがよく分かる。崩壊の唯一の原因、とまでは言えないにしても。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) ゴルバチョフ自身も後年、あの事故が体制の破綻を露わにしたと書いている。ただ本人の書き方は「原因そのもの」というより「もう隠せなくなった」に近い。アフガニスタンの長期戦も原油安も同時に来ていた時期だし、要因の一つ、が正確なところだと思う。ただ「一つ」と呼ぶには重すぎる一つだった。 11. 海外の名無しさん 意外と知られていないのが、事故を起こした発電所そのものは止まらなかったこと。残りの号機は運転を続けて、最後の一基が停止したのは2000年の12月。十四年間、あの4号炉の隣でずっと発電していた。 12. 海外の名無しさん 当時ヨーロッパにいた。何日かして急に「牛乳を飲むな」「森のキノコを採るな」と言われたけれど、何が起きたのかは誰もきちんと説明してくれなかった。国境の向こうの出来事が自分の食卓に届くのを、初めて実感した年だった。 13. 海外の名無しさん(>>12への返信) うちの祖母もそうだった。あの年に採れたキノコとベリーだけは絶対に食べさせてもらえなかったし、その習慣はその後十年以上続いた。統計には出てこないけれど、あれも事故の費用の一種だと思っている。 14. 海外の名無しさん 最初に気づいたのがソ連ではなくスウェーデンの原発だった、という話が何度読んでも信じられない。出勤してきた作業員の靴から検出されて、自分のところの漏れを疑って調べたら、風上がまるで別の国だった。 15. 海外の名無しさん ドラマの「3.6レントゲン、悪くはない」の場面、演出だと思っていた。現場にあった線量計の目盛りの上限がちょうどそこだった、という話が元にあると知って背筋が寒くなった。振り切れているのに正常値に見えてしまう。 16. 海外の名無しさん(>>15への返信) あのドラマは脚色もかなり入っているけれど、測定器の上限の件は実際に語られている部分。桁を測れない道具で桁違いのものを測ってしまった、という一点だけで教訓としては十分すぎると思う。 17. 海外の名無しさん 投入した機械が放射線で次々に動かなくなって、結局は人が屋根に上がって黒鉛を放り投げた、という部分がいちばんこたえる。電子回路が保たない場所に人を出すという判断を、当時は誰も避けられなかった。 18. 海外の名無しさん 新しい覆いの建設費を四十を超える国と機関が出し合った、というのは、この話の中では数少ない前向きな部分だと思う。事故の後片づけが国際的な共同事業になった前例として、地味に大きい意味がある。 19. 海外の名無しさん 素朴な疑問なんだけど、もっと高くついた出来事って本当にないの。感染症の世界的流行はアメリカ一国だけで十六兆ドルという試算を見たことがあるし、戦争まで入れたら比較にならない気がする。 20. 海外の名無しさん(>>19への返信) そこも「災害」をどう定義するか次第だと思う。単一の出来事で、原因が特定できて、後始末の主体がはっきりしているもの、という枠ならこの記録は残る。枠を広げれば当然もっと大きいものが上に来る。 21. 海外の名無しさん(>>19への返信) 気候変動を一つの災害として計上したら間違いなく上回る、という指摘もある。ただあれは開始日も終了日もない話だから、同じ表に並べて比べること自体がそもそも難しい。 22. 海外の名無しさん 立入禁止区域に野生動物が増えている、という話はよく紹介されるけれど、あれは放射線が無害だからではなく、人間がいなくなった影響のほうが大きい、という説明が付いている。誤解されやすい部分だと思う。 23. 海外の名無しさん 結局のところ、金額で並べると分かった気になるけれど、この事故のいちばん重い部分は数字になっていない気がする。三日で戻れると言われて家を出て、そのまま戻れなかった人たちの四十年は、請求書には載らない。 24. 海外の名無しさん(>>23への返信) それでも金額に直す作業には意味があると思っている。数字にしないと、予算を決める場では「起きなかったこと」として扱われてしまうから。不完全でも見積もりを出し続けるのは、そのための作業なんだと思う。 まとめ チェルノブイリ原発事故の被害総額として挙がる「2兆ドル超」は、確定した金額ではなく、四十年ぶんの費用を広めに数えたうえでインフレ調整をかけた推計である。除染だけを数えれば数百億ドル、失われた農地も補償も維持費も含めれば兆の単位になり、そのうえ当時の支出はすでに存在しない国のルーブル建てだった。数字が一本に定まらないこと自体が、この事故の性格をよく表している。死者数の推計に大きな幅があるのも同じ理由で、前提が違えば結果も違ってくる。 コメント欄も、金額の当て合いではなく「何をどう数えるか」の話に自然と流れていった。会計の枠組みを問い直す人、当時ヨーロッパで牛乳とキノコを止められた記憶を語る人、感染症や気候変動と比べようとして定義の壁にぶつかる人。そして最後に残ったのは、三日で戻れると言われて出たきり帰れなかった人たちの四十年は請求書に載らない、という指摘だった。金額に換算する作業には意味がある。ただ、換算しきれない部分があることも同時に見えてくる。 元ソース: 「チェルノブイリ原発事故は史上もっとも高くついた災害で、インフレ調整後の被害は2兆ドルを超えるという」(元スレッド) The post 「1986年の事故の請求書は、まだ締め切られていない」被害総額2兆ドルという試算は何を数えたのか appeared first on みんな知ってた?【海外の反応】.…