1152年3月、フランス王ルイ7世との結婚が無効とされた。娘は二人生まれたが息子はいない、というのが世間の理解だった。それから8週間後、彼女はイングランド王になる予定の男と再婚する。そして8人の子を産んだ。その中にはリチャード獅子心王と、ジョン王がいる。中世で最も力を持った女性の一人が動いた、たった2か月の出来事である。 ※注:アリエノール・ダキテーヌ(1122年頃〜1204年)。フランス語読みでアリエノール、英語ではエレノアと表記される。フランス南西部のアキテーヌ公国を相続した女性で、当時のフランス王家より広い領地を持っていた。 今日の知ってた? 📏 フランス王妃だった女性が、婚姻無効から8週間でイングランド王になる男と再婚した。相手はノルマンディー公アンリ、のちのヘンリー2世。しかも婚姻無効の表向きの理由は「血縁が近すぎる」ことだったが、再婚相手のほうが実際には血縁が近かった。 背景:フランス王より豊かだった公女 12世紀のフランス王は、名目上は国全体の王だったが、実際に直接支配していたのはパリ周辺のごく限られた地域にすぎなかった。残りは大小の諸侯が自分の軍と裁判権を持って治めていて、王はその筆頭というだけの存在だった。 その中でアキテーヌ公国は、フランス南西部のかなりの部分を占める大領地だった。ぶどう酒と塩の交易で潤い、詩人と楽師が集まり、宮廷文化の中心地でもあった。アリエノールはその唯一の相続人として15歳で公位を継ぎ、同じ年にフランス王太子ルイと結婚する。結婚から数週間後に義父が亡くなり、彼女はフランス王妃になった。 もう少し詳しく 離縁を望んだのは彼女の側だったとされる。二人は第2回十字軍にそろって参加したが、遠征中に関係は決定的に冷えた。ルイが助言を聞かずに判断を誤り、多くの兵を失ったこと、そしてその責任の一部を彼女の随行の荷物の多さに帰したことが、決定打になったと言われる。帰路にローマへ立ち寄った際、教皇エウゲニウス3世が二人の寝室を祝福し、そこで次女が身ごもったという逸話も残っている。それでも関係は戻らなかった。 無効の理由と、その直後の再婚。1152年3月、二人の結婚は「血縁が近すぎる」という理由で無効とされた。当時の教会法では、一定の範囲内の親族どうしの結婚は認められない。ところが同年5月、彼女が結婚した相手のアンリは、ルイよりもさらに近い血縁だった。当時から誰もが気づいていたはずだが、問題にはならなかった。 そして領地ごと移動した。離縁にあたって彼女はアキテーヌの支配権を手放していない。つまりフランス王は、王国の南半分にあたる領地を丸ごと、将来の敵国の王のもとへ送り出したことになる。2年後にアンリはイングランド王ヘンリー2世として即位し、ノルマンディーからピレネー山脈近くまで広がる領域を持つことになった。 海外の反応 1. 海外の名無しさん そもそも彼女は、誰かの妻としてではなく、それ自体で中世で最も力を持った人物の一人だった。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) 当時のフランス王権が弱くて機能していなかったことを考えると、最初の夫より裕福で強力だったと言っていい。のちのイングランド王家が大陸にあれだけ広大な領地を持てたのも、元をたどればここに行き着く。フランス王は自分の王国すら統一できていなかったからね。 彼女との結婚を無効にしたのは、控えめに言って大失策だった。彼女は領地も称号も全部持って出て行ったんだから。 3. 海外の名無しさん(>>2への返信) 公平を期すと、無効を申し立てたのはルイではなく彼女のほうだよ。十字軍の遠征中に愛想を尽かして、教皇に直接願い出た。 なぜそこまで怒ったかというと、二人とも参加したその遠征で、ルイが彼女の助言をまったく聞かず、部下が死ぬような判断を繰り返したから。そのうえで、うまくいかない理由を彼女と彼女の荷物のせいにした。もともと限界が近かったところに、それが最後の一押しになった。 4. 海外の名無しさん(>>3への返信) これがもっと上に来るべき。 しかも笑えるのが、フランス王との婚姻を無効にする根拠が「血縁が近すぎる」だったこと。そのあと彼女が結婚したイングランド側の相手とは、実際にはもっと血が近かった。はとこか、その一つ違いくらいの関係。当時の教会法がどういう運用をされていたかがよく分かる。 5. 海外の名無しさん(>>2への返信) ルイの名誉のために書いておくと、彼はその後に再婚して、なんとか息子をもうけている。そしてその息子が、中世フランス史上最も有能とされる王になって、彼女の末っ子から大陸の領地のほとんどを取り返した。 6. 海外の名無しさん(>>5への返信) どこにでもある家庭の揉め事だな。規模だけが違う。 7. 海外の名無しさん(>>5への返信) そこは息子たちの側にも原因がある。リチャードは自分の名声のための遠征に領国の資源を注ぎ込んで空にしたし、ジョンは統治の仕組みそのものを壊した。もし別の人間が舵を握っていたら、イングランドとフランスが長期間ひとつの支配圏として続いた可能性すらあった。 8. 海外の名無しさん 彼女の人生、そのまま一冊の本か連続ドラマになるよ。15歳で公国を継いで、二つの王国の王妃になって、十字軍に行って、幽閉されて、80過ぎまで生きて、息子二人を王に押し上げてる。 9. 海外の名無しさん(>>8への返信) キャサリン・ヘプバーンが『冬のライオン』で演じてるよ。あれは本当に良い映画。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) ヘンリー役がピーター・オトゥール、リチャード役がアンソニー・ホプキンス。ホプキンスにとってはかなり初期の代表作だったはず。台詞の応酬がとにかく素晴らしくて、家族の食卓が政治の戦場になっていく感じが最高だよ。 ※注:『冬のライオン』=1968年の英国映画。ヘンリー2世とアリエノール、そして王位を争う息子たちの一夜を描いた作品。 11. 海外の名無しさん 1066年以降のイングランド王の名前で、二度と使われていないのはジョンとスティーヴンだけなんだよな。ジョン2世もスティーヴン2世も存在しない。王族の中でジョンという名前はときどき使われたけれど、スティーヴンのほうは事実上消えている。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信) 納得しかない。ジョンはイングランド史上最悪の王という評価が定着してるし、スティーヴンは15年近く続く内乱を招いたうえに、対立していた相手の息子に王位を渡している。名前を継がせたい人がいない。 13. 海外の名無しさん(>>11への返信) エドワードもしばらく避けられそうな気がするけどな。 14. 海外の名無しさん 彼女はウィリアム・マーシャルを世に出した人でもある。英国史上で最も長く仕え、最も優れたと言われる騎士だよ。 気の毒なのは、その二人がそろって、何世代にもわたる王たちのお守りをする羽目になったことだけど。 15. 海外の名無しさん(>>14への返信) あの二人が交わしたであろう無言の視線を想像すると、それだけで一本作れそう。 16. 海外の名無しさん ちなみに彼女、その再婚相手のヘンリーに16年近く幽閉されてる。人生、全部は手に入らない。 17. 海外の名無しさん(>>16への返信) こういう一言が必ずどこかで出てきて、当時の暮らしが実際どういうものだったかを思い出させてくる。豪華な宮廷文化の話をしていたはずが、急に現実に引き戻される。 18. 海外の名無しさん 離縁を願い出たのは彼女の側。ルイでは器が小さすぎたんだよ。 ルイは「フランス王」だったけど、それは実質的に中部フランスの王という意味でしかなかった。彼女はアキテーヌ公で、これは南フランスのかなりの部分。そしてアンリはノルマンディーを押さえていた。 彼女は離縁でアキテーヌの支配権を完全に保持したまま、それを使ってアンリとの同盟に切り替えた。しかも相手がまもなくイングランドを手にすることも把握していた。とんでもない交渉家だよ。 19. 海外の名無しさん(>>18への返信) そしてこの構図が、その後数百年の火種になる。イングランド王が妻を通じて大陸に広大な領地を持ちながら、その土地に関してはフランス王の家臣でもある、という状態が生まれたから。この矛盾がずっと解けないまま、最終的に百年戦争まで転がっていく。この時期をまとめて「第一次百年戦争」と呼ぶ研究者もいるくらい。 20. 海外の名無しさん そもそも子の性別を決めているのは父親側だと分かったのは20世紀の半ばだからね。今でも知らない人がいる。 21. 海外の名無しさん(>>20への返信) 男が自分の側の染色体で決まることを女のせいにしてきた歴史は、本当に長い。しかもそれを理由に王妃の座を追われた人が、歴史上いったい何人いるのか。 22. 海外の名無しさん 8人産んだって、単純に食卓の量を想像してほしい。しかも全員が領地と称号を欲しがる子供たち。よくある兄弟げんかが、そのまま国境線の話になる家庭。 23. 海外の名無しさん その知らせが宮廷に届く場面を想像してしまった。「陛下、また男児が揺りかごに入りました」。フランス側の顔がどんどん暗くなっていく。 まとめ 息子が生まれなかったから王妃の座を失った、という筋書きで語られがちだが、コメント欄では「離縁を望んだのは彼女のほうだった」という指摘が最も支持を集めていた。十字軍の遠征中に夫の判断能力に見切りをつけ、教皇に直接申し立て、領地の支配権を一切手放さないまま、より有望な相手へ移った。8週間という間隔の短さも、感情の勢いというより準備の周到さを示している。 そして皮肉なのは、婚姻無効の根拠が「血縁が近すぎる」だったのに、再婚相手のほうがさらに近い血縁だったという点だ。当時の教会法が実際にはどう運用されていたかがよく分かる。もっとも人生は良いことばかりでもなく、彼女はその再婚相手に16年近く幽閉されている。それでも夫と息子の多くより長く生き、80歳を越えるまで政治の中心にい続けた。8週間で歴史の地図を書き換えた人物として、これほど分かりやすい例も少ない。 元ソース: 「フランス王との婚姻が無効になった8週間後、彼女はイングランド王となる男と再婚した」(元スレッド) The post 「息子が生まれなかったので婚姻は無効」その8週間後、彼女はイングランド王になる男と再婚した appeared first on みんな知ってた?【海外の反応】.…