
1: 七波羅探題 ★ qrtj74R79 2026-08-21 15:01:16 デイリー新潮 8/21 (前略) ■受験の文化がまったく違う 都市部と秋田県の進学面における違いとして、いわゆる“お受験”の文化、私立の進学校、そして学習塾の3つがない、あるいは圧倒的に少ないことが挙げられる。そのうえ、学校の選択肢も極端に少ない。秋田県南部在住で大学進学を志す中学生は、横手高校か、菅義偉元総理の母校・湯沢高校などを目指すしかないのである。 秋田県には、進学指導に特化した学習塾がほとんどない。大手の「駿台予備校」や「河合塾」に通うなら宮城県仙台市まで行かなければいけないのだ。そのため、横手高校の学生たちは日頃の授業の予習復習を行い、夏は学校が用意する夏期講習などを受け、授業動画などを使って独学するのが一般的だった。 横手高校に限らず、地方在住の高校生の受験勉強のスタイルはだいたいこんな感じである。受験生向けの授業動画がかなり普及したとはいえ、受験指導に特化した授業を受けることが難しい点で、地方勢はかなり不利なのではないだろうか。 また、公立高校の教師には転勤があり、これも私立高校と比べると不利といえる。横手高校で受験指導に熱心だった教師が、翌年には進学実績の低い高校に異動させられることもあったし、その逆も然りである。受験指導のノウハウが学校に残らず、継承されにくいこともデメリットなのではないだろうか。 ■仙台までしか行かせてくれない 筆者が在学していたころの横手高校には、ひいき目を抜きにしても、東京大学を狙えるだけの学力を持っている人がたくさんいたように思う。しかし、そういう優秀な生徒たちが実際に東京大学を受験することはなかった。というのは、浪人を忌避する傾向があったためである。 東京大学に受かる可能性があるのに東北大学を受験する。または、東北大学に受かる可能性があるのに秋田大学を受ける生徒は少なくなかった。それが県民性なのかは論が割れるだろうが、良くも悪くも石橋を叩いて渡る堅実な思考といえる。そして、東北地方にはMARCHと同じレベルの私立大学がほぼないため、国公立大学を積極的に受験しようという傾向が強かった。 さらに言えば、「親が仙台の大学までしか進学を許してくれない」という風潮も存在していた。筆者の先輩では、東京大学に必ず受かると教師からお墨付きを得ていたにもかかわらず、「家の跡取りになってほしいから進学先は仙台までしか許さない」と主張する親に逆らえず、東北大学に進学した人がいたほどだ。 これは、「親を悩ませたくない」「親に苦労をさせたくない」という優しさからであったが、その選択が彼の人生にとって良かったのかはわからない。おそらく、こうした地元・仙台志向、国公立大学志向は今もあるだろう。いや、昨今の物価高の影響もあって、筆者の世代よりも強まっている可能性がある。 ■学力よりも空気感の差 筆者はメディア関連の仕事をするようになってから、前出の経営者のように都市部の有名な進学校から東京大学をはじめとする旧帝大に進み、卒業した知り合いが増えた。しかし、失礼を承知で言えば、かつての横手高校の同級生が学力や教養という面で彼らに大きく劣るとはどうしても思えないのだ。 複雑な家庭の事情や、進学塾などの教育インフラが不十分なことなど、様々な理由で彼らは進学先を限定されていた。だが、それら以上に高校卒業後の進路を決定づける、都市部と地方の進学校の大きな差があるように思う。 簡単に言えば、「その高校に、有名大学に進学した前例があるかないか」の差だ。都市部の私立進学校は先輩に東京大学に受かった人が多いため、「だったら俺も受けてしまおう」という感覚があるはずだ。受験は、学力よりも空気感が与える影響が絶対的に強い気がする。 前出の経営者は、「自分が受かったのはマグレ」と言い、「東京大学なんてとりあえず受けちゃえばいいんだよ、という空気が周りにあった」「自分は最後まで“E判定”だったけれど、友達が受験するというので一緒に受けたら合格した」と話す。 そして、「自分は東京に住んでいるし、浪人しても親にそれほど迷惑をかけないから、落ちても別にいいやと思っていた。バイトしながら予備校に通えばいいと思っていたくらいなので。ただ、もし自分が地方に住んでいたら、予備校に通う費用もかかるだろうから、東京大学を受けなかったかもしれない」そうである。 横手高校に限らず、地方の高校生は、「浪人したら親に迷惑をかけてしまうのではないか」というリスクを最優先に考えがちである。さらに、周りにE判定から大学に合格した先輩も少ないため、現状の偏差値よりワンランク上の大学を受験する勇気を出せないのだ。 ※以下出典先で…