第1章母親の返事を聞く前から、決心が揺らぐ転職先を決めた。条件も悪くないし、自分でも納得している。それなのに母親へ電話をかける前から、決心が揺らぎ始める。「そんな会社で大丈夫なの」と言われる場面が、まだ何も言われていないうちから頭に浮かぶ。 結婚、離婚、引っ越し、休日の過ごし方でも同じことが起きる。「自分はどうしたいか」より先に、「母親はどう思うだろう」が出てくる。反対されそうな選択は、話す前から少し小さくなる。 厄介なのは、母親に人生を決められているという感覚が、本人にもほとんどないことだ。「心配をかけたくない」「育ててもらった恩がある」「親の意見も大切にしたい」。どれも間違いではないから、その奥にある恐怖に気づきにくい。 自分の人生を選んでいるつもりで、ずっと母親の採点表を埋めていた。 良い学校、安定した仕事、世間体のよい家庭。正解を重ねれば、いつか「あなたはそれでいい」と言ってもらえる。その願いは、いつから自分の希望より重くなったのだろう。…