
1: 鉄チーズ烏 ★ 2026/06/09(火) 22:24:46 ID:eS7yhIHn9 デイリー新潮編集部 (略) ■氏別した旧幕臣の夫とのあいだに一男一女 花魁と帝大生の心中は衝撃的なので、実習生は口々に彼らの噂話をしたが、「患者の噂話は厳禁だ」とくぎを刺したのは鈴木雅だった。 彼女は横浜のフェリス・セミナリー(フェリス女学院の前身)にいたころ、逃げてきた娼妓たちをかくまった経験があったという。 だから、娼妓たちの立場への理解が深かったようだ。 しかし、雅自身は生まれや育ちにおいて、女郎や娼妓とは縁もゆかりもなかった。 雅は安政4年(1858)、幕臣の加藤信盛と、やはり幕臣の娘だったトヨのあいだに生まれている。 父の加藤信盛は最後まで幕臣として戊辰戦争に参戦し、徳川家が駿府(静岡市)に移封となって駿府に移っている。 雅に幸いだったのは、父が当時の士族には珍しく、女も学ぶべきだという考えだったことだ。 五稜郭戦争にまで従軍し、辛酸をなめた経験をもつだけに、あたらしい時代は女子にも教育が必要だと、実感していたのではないだろうか。 しかし、駿府学問所は男子しか入学できなかった。 一方、横浜に行けば、宣教師が作った学校で英語はもちろん、数学や理科、天文学まで学べるという。 そこで信盛は、長女の雅を横浜に送り、日本婦女英学校を前身とする共立女学校(現・横浜共立学園)やフェリス・セミナリーで学ばせたのである。 そんな雅に縁談が持ち込まれた。 相手はやはり旧幕臣の鈴木良光で、戊辰戦争は幕府方として戦ったが、明治4年(1871)に陸軍に入隊して西南戦争などに従軍。 戦功を挙げて少佐に昇進したところで雅と結婚した。 良光は25歳、雅は20歳だった。 一男一女をもうけたが、結局、良光は西南戦争で大腿部に被弾した傷が完治せず、これが原因で6年後に赴任先の仙台で氏去してしまう。 ■看護婦見習の3人は娼妓解放運動へ 『風、薫る』のりんと直美は、身分も生まれも育ちも現況もなにもかも対照的である。 しかし、このように直美のモデルの鈴木雅は、生まれも育ちも境遇も、家老の娘で結婚経験があり、一男一女の母である(りんは一女のみだが、和には一男一女がいた)大関和と重なるところが多い。 だが、せっかくW主演でドラマを展開するのに、2人のヒロインが似たような境遇では話の彫りが浅くなってしまう。 そこで大家直美を、モデルの鈴木雅とはまるで違う境遇の設定にしたのだろう。 では、どんな境遇にするか。 彼女たちが看護婦見習を務めているまさにそのときに、女郎が病院に運ばれてきた、という逸話をきっかけに、直美は女郎が産み落とした、という設定を脚本家は思いついたのではないだろうか。 (全文はソースでご確認下さい) 【風、薫る】上坂樹里「直美」のモデルは幕臣の娘のはず なぜ“女郎の産んだ孤児”に?設定変更の深い背景(2ページ目) | デイリー新潮一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)が看護婦の見習実習をしている帝都医大附属病院に、柏原という若い男と夕凪という女郎(村上穂乃佳)が担架で運ばれてきた。…デイリー新潮…