1: 匿名 2026/05/13(水) 23:21:46 日本特有の「書物愛玩」 50年や60年では“電子”に取って代わらないと確信するワケ | AERA Books電子本が「書物としての本」に取って代わることはないと、林望さんが確信する理由とは? 伝統と他国との比較から見る“書物”の原点――。『書物を楽しむ あえて今、紙の本を読む理由』(朝日新書)より一部を…AERA Books 我が日本について言えば、昔の岩波文庫なぞはずいぶんと字が小さかったけれど、今はどんどん字が大きくなっている。それはかならずしも今の人の目が悪くなったからというだけではなくて、私に言わせると本の作り方が先祖返りをしているのです。 というのも、日本は昔から大きな字で本を読む国でしたから。 江戸時代までさかのぼると、小さい字で書かれた本はごくごく少ない。みんな、ひと文字がだいたい1センチ角くらいの大きさで印刷されていました。だから、1ページあたりに収まる情報量がすごく少ないのです。けれどもそれを、じっくりと字の形なんかを味わいながら、読んでいく、それも多くは朗々と朗読する伝統がありました。 この伝統の、もう一つの根幹に、美しい字形で書くことを愛するということがあります。 古書の世界でも、中国では写本は一般に安くて価値的に下に見られ、高いのはきちんとした刊本です。日本は反対で、写本が高い。なぜかというと、写本として麗しく書かれた筆跡それ自体が、一つの美術的鑑賞の対象になっているからです。 この「手書きの筆跡」を美的に尊重する伝統のしからしむるところに、短冊だとか色紙に和歌を書く技が発達し、また物語や歌集などの1ページを切り取って美しく装幀(そうとう)して床の間に飾るというような趣向が重んじられるのでもありました。 だから、電子本が「書物としての本」に取って代わることはないと、私は確信しています。千年以上もある長い文化的伝統の中で培われてきた「書物の力」は、50年や60年でそうそう変わらないにちがいない、それは私の確信に近い。…