1: muffin ★ CMj2SuiH9 2026-04-14 16:54:40 4/14(火) 15:55 タモリや島田紳助のものまねでおなじみの芸人として一時代を築きながら、現在も舞台に立ち続けるコージー冨田氏(59歳)。多忙な日々の裏で、長年にわたり糖尿病と向き合ってきたことを’25年にメディアで公表した。病気の影響で現在は視力の大半を失い、腎機能の低下を補うために血液を浄化する人工透析を続けながら、糖尿病をテーマとして講演会も行っているという。 華やかなブレイクの裏で進行していた病を抱えつつも、それでもなお舞台に立ち続ける理由とは何か。仕事と病気とともに歩んできた30年余りを、コージー冨田氏本人の言葉でたどる。 ――今日私はコージーさんから1メートルほど離れた位置に座っているのですが、どのくらい見えているのでしょうか。 コージー冨田(以下、コージー):紺色の服を着ているのがかろうじてわかるくらいで、表情などは一切わからないです。もう少し離れて2〜3メートルくらい先になると、動かなければ人間だと判別できません。すごく曇りが濃い磨りガラス越しに見ているような感覚ですね。(中略) ――糖尿病だとわかったのはいつ頃だったんですか。 コージー:’93年、僕が26歳の頃ですね。喉が異常に渇いて、それまではほとんど飲まなかったお酒がいくらでも飲めるようになっていました。それで「おかしいな」と思って病院で検査したら1型糖尿病と診断されました。でも痛みも何もないからほっといたんですよ。糖尿病の薬も貰っていましたが飲んでなかったし、何もしてないのにどんどん痩せても「まだ大丈夫だろう」と思ってしまっていたんですよね。食べる量が変わらないのに痩せるのは糖尿病の初期症状のひとつなんですが、それでも病院にも行ったり行かなかったりでした。正直、意識が低かったですね。 ――糖尿病のほかの代表的な症状には網膜症、腎症、神経障害がありますが、そこからどのように症状が進行していったのでしょうか。 コージー:’07年頃に、靴下をはかずにホットカーペットで寝ていたら足の指に水ぶくれができたんです。それは低温やけどから来る水ぶくれだったんですけど、神経障害のせいで足の感覚がなく、熱さに気づかなかったんです。気をつければ途中でほかの症状も察知できたかもしれませんが、自分の病気のことだし、怖いから直視したくないじゃないですか。いま思えばビビってたんでしょうね。おそらく低温やけどに気づかなかったのと同じくらいの時期から視界に糸くずや黒い点のようなものが見える“飛蚊症”がひどくなりました。その後手術もしましたが、白内障にもなって気がついたらほとんど見えない状態になっていました。 続き・全文はソースをご覧ください…