
1: 征夷大将軍 ★ 2026/04/14(火) 07:12:29 ID:Ws1AQCh/9 文春オンライン 4/14 巨人をクビになりハローワークへ…? “元プロ野球選手”が給湯器工場で職場仲間にかけられた“意外な言葉” | 文春オンライン 2020年秋、読売ジャイアンツから戦力外通告を受けた田原誠次氏。引退を決意した彼は、家族を養うためにハローワークへ通い、給湯器を作る工場で働き始めた。 会社での同僚は元プロ野球選手の入社をどう受け止…文春オンライン 2020年秋、読売ジャイアンツから戦力外通告を受けた田原誠次氏。 引退を決意した彼は、家族を養うためにハローワークへ通い、給湯器を作る工場で働き始めた。 会社での同僚は元プロ野球選手の入社をどう受け止めたのか。 そして、田原氏は華やかな世界からの転身に順応できたのか。 ここでは、同氏の著書『 巨人をクビになりハローワークに通った男が工場勤務で見つけた“本当の幸せ” 』(カンゼン)の一部を抜粋。 元プロ野球選手のリアルなセカンドキャリアに迫る。 (中略) 妻と結婚できたおかげで、もうひとつ成長できたと感じることがあります。 僕の息子は妻の連れ子で、血のつながりはありません。 でも、当時2歳だった息子と初めて会った日、僕は今までにない不思議な感覚に包まれました。 隣に座った息子にご飯を食べさせ、一緒に風呂に入り、添い寝する。 彼と1日を過ごすなかで、確信めいたものがありました。 あぁ、この子は俺の子だな。 初めてのはずなのに、初めての気がしない。 息子も僕のことを「パパ」と呼んでくれて、何の疑いもなくやっていける自信がありました。 息子が球場やテレビの前で「パパ〜!」と応援している動画を妻がよく送ってくれました。 プロの世界で戦ううえで、息子の応援は何よりも大きな力になりました。 その後、妻との間に娘ができましたが、息子と娘への感情は変わりません。 ふたりともかわいい僕の子どもです。 僕が戦力外通告を受けた時期、テレビのドキュメンタリー番組で僕たちの家族が取り上げられました。 息子が言った「ソフトバンク行けんかったら、最低広島に行きたい」という言葉がネット上で切り取られ、物議を醸しました。 でも、息子の発言の元をたどると、そもそも僕が言っていたことなのです。 その時点で、生活拠点を妻の実家がある北九州に移すことが確定していました。 運よくプロ球団に拾ってもらえたら、単身赴任になるかもしれない。 となると、できればすぐに家に帰れるようなソフトバンクや広島に獲ってもらえたらうれしいなと。 そうした僕の願望が前提としてあり、小学生の乱暴な言葉選びも相まって不用意な発言になってしまいました。 ■「いずれ指導者のオファーが来て、抜けることも承知しているから」と言われていました 工場の仕事にすっかり慣れた頃、一岡竜司(元広島)から電話が来ました。 一岡はドラフト同期として巨人に入団した仲でした。 彼が卒業した専門学校・沖データコンピュータ教育学院の理事長が、僕と話したいと言っているとのこと。 お会いすると、コーチとしてのオファーをいただきました。 また野球に携われる喜びが沸き上がると同時に、工場長の顔が浮かびました。 採用時に工場長からは「いずれ指導者のオファーが来て、抜けることも承知しているから」と言われていました。 でも、1年足らずで退社することは申し訳ない。 そこで、「すぐには行けないので、仕事の引き継ぎをさせてください」とお願いしました。 理解のある工場長のおかげで退社が決まり、その後は「僕以上の仕事ができるように」と引き継ぎに全力を注ぎました。 2022年5月16日から沖データにお世話になり、野球部の指導に携わっています。 工場長とはその後も食事に行かせてもらうなど、いいお付き合いをさせてもらっています。 巨人に在籍していた頃、僕はヒーローインタビューでこんなことを言った記憶があります。 「僕は縁の下の力持ちになれれば、それでいいです」 選手ではなくなった今も、その思いは変わりません。 朝早くに自宅を出る時、家族の幸せそうな寝顔をこっそり見る。 それだけで僕は満足です。 レストランでは遠慮なく好きなものを食べて、「おいしい」と言ってくれたらそれでいい。 家族が笑顔なら、僕はサラダだけでもいいんです。 巨人をクビになってわかったこと。 それは僕が野球を愛していることでした。 そして、もうひとつ。 これは前々からわかっていたことですが、僕はやっぱり心の底から家族を愛しているのです。…