
1: 少考さん ★ 2026/03/28(土) 09:22:11 ID:LEILyVOD9 ※Bloomberg - オピニオンリーディー・ガロウド, コラムニスト 出生率低下もニートも世界の問題、日本の「失敗」ではない 出生率低下、ステレオタイプに頼った説明では洞察得られず 今起きている変化、文化的優越意識を持っている限り理解できない リーディー・ガロウド 2026年3月28日 at 8:51 JST グローバルな出生率危機が深刻化する中で、世界は依然として簡便な説明を探し続けている。 住宅価格のせいかもしれない。 あるいは、責任感のないミレニアル世代、つまり大人になりきれないピーター・パン世代のせいなのかもしれない。 女性の権利が少な過ぎるせいだという人もいれば、逆に多過ぎるためだと主張する人もいるだろう。 少子化について、誰もがそれぞれの持論を持っているようだ。 この危機に最初に直面した国から学べる教訓はあるはずだ。 しかし私たちは、それを学ぼうとしないように見える。 英作家トム・ファイリング氏の新刊「Alone in Japan」を読んだとき、私が抱いた印象はまさにそれだった。 この本は、日本がなぜ出生数低下の象徴的存在となったのかを検証し、解明しようとしている。 ファイリング氏は1990年代前半に数年間日本に住み、2010年代後半に再び訪れた。 彼は日本を旅しながら、高齢化が進む社会を観察する。 もはや日本は特異な存在ではないかもしれないが、氏亡数が出生数の倍以上という現実を踏まえれば、検証する価値はある。 しかし本書は最終的に、よく知られたステレオタイプに答えを求めてしまう。 セレスや孤独、過労、バブル経済崩壊。 やや乱暴に日本人の「生殖の失敗」と呼ぶ現象の説明として、それらを挙げている。 予想通りのお決まりの表現が並ぶ。 子どもの代わりに溺愛されるペット、残酷な社会から逃れる引きこもり、活力を失った性生活の果てに仮想アイドルと結婚する人々。 2000年代半ばの言説である「草食系男子」や「パラサイト・シングル」といった言葉も登場するが、今日では場違いに響く。 たとえ一定の関連があったとしても、こうしたレッテル貼りは社会集団を安易にひとくくりにし、大きな変化を理解する努力を避けてしまう。 違和感 ファイリング氏も多くの人と同様、日本の人口減少と経済力の衰退を結び付けて論じる。 しかし出生率の低下は1970-80年代の好景気の時代にすでに始まっていた。 古びた観察の象徴が、91年以降に税収が「半減」したという記述だ。 日本の税収は現在、過去最高水準にある。 引用されている数字は2012年ごろのものと思われる。 問題は経済ではない 日本の出生率、人口維持に必要な水準を下回り続けている 私が最も強い違和感を覚えたのは、日本人を愛情に乏しく、「単調で骨の折れる働くだけの人生を受け入れている」疲弊しきった人々として描く筆致だった。 ある場面では、著者は日本で母親が子どもを抱きしめたりキスしたりするのを「ほとんど見たことがない」と記している。 別の場面では、男性が猫をなでる行が反抗の象徴のように提示される。 日本人が「身体的な愛情表現をするのを見るのはあまりに久しぶりだったので、その光景からは、どこか禁じられたことをしているような印象すら受けた」とファイリング氏は言う。 女性は主体性を欠いた犠牲者のように描かれている。 しかし、機会に恵まれた立場にある女性が子どもを少なく持つことを意識的に選択する場合もあるという視点は、ほとんど考慮されていないようだ。 仮にそうした例が示される場合でも、それは「人の気持ちや心のゆとりを犠牲にしてまで仕事を優先する社会への反発」として捉えている。 理解の妨げ 私たち西洋人が、日本社会をこのように語るのは、もう終わりにすべきだ。 日本(そして韓国や中国、シンガポールなどアジアの他の国々)で出生率が低下すると、それはしばしば否定的に語られる。 過酷な社会に対する反動や反抗、抗議という枠組みだ。 だが、米国で同じことが起きたとすれば、それは若い女性が自分の人生をコントロールしていることの表れとして評される。 実際、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)はそう伝えている。 (略) ※全文はソースで…