1: 匿名 2026/02/12(木) 07:46:06 ID:U5uH7JMQ9 3月11日で15年を迎える東日本大震災と東京電力福島第1原発事故。 東京電力社員として福島市の除染を担っていた永井康統(やすのり)さん(65)も、原発事故で人生の進路を大きく変えた一人だ。 東京電力を辞めて同市大波(おおなみ)地区に移住。 首都圏向けに特産の大波米を販売してきた。 勤めていた会社が起こした事故のせいで、おいしい米の産地を失ってしまう──。 農家に稲作を続けてもらおうとの思いを胸に取り組み、活動の輪も広がってきた。 (長久保宏美) ◆「15年経過しても、福島には…」 「15年経過しても、福島には前に進んでいないところがある。 絶対に起こしてはいけない事故だったと改めて思う。 『万が一』があってはいけない設備なんだよね。 原発は」 大震災と原発事故から間もなく15年が経過することに、今、どう思うかと問うと、永井さんはしばらく考えた後、そう答えた。 1月末にJR福島駅から路線バスで約30分かけて、田畑に面した築100年超の古民家を改造したカフェ「imoca(イモカ)」に向かった。 永井さんと地域の住民で運営するカフェだ。 2011年3月11日午後2時46分、大震災発生時、永井さんは東京・永田町の衆議院議員会館にいた。 労働組合専従を20年近く続け、電力会社社員でつくる電力総連の幹部だった永井さんの職場は国会だった。 専従の任期が終わる2011年の秋ごろ、福島市の除染の仕事を打診され「すぐ行くと答えた。 20年近く組合やっていたら、同期と同じ仕事なんてできない。 除染ならみんな初。 自分なら役に立てると思った」。 ◆「みんな農業を諦めてしまう」危機感 原発の担当ではなかったがもともと技術畑で、経...(以下有料版で,残り 899文字) 東京新聞 2026年2月12日 06時00分 東京電力元社員は、福島・大波のコメを売る 赴任して知った風評被害…移住し10年、農家を支えるために奮闘:東京新聞デジタル3月11日で15年を迎える東日本大震災と東京電力福島第1原発事故。東京電力社員として福島市の除染を担っていた永井康統(やすのり)さん(...東京新聞デジタル…