
1: 匿名 2026/01/16(金) 07:59:36 ID:++mKou/l9 30年前、大人気バンドが放った“問いかけ” 世界の悲劇をラブソングに置いたワケ 2026.1.14 「30年前、あの夜に流れていたニュースを覚えている?」 1996年2月。 テレビをつけっぱなしにした夜の部屋には、ニュースキャスターの無機質な声が流れ、窓の外では街が何事もなかったように息をしている。 世界のどこかで起きた悲劇と、自分の部屋の静けさ。 その落差に、説明のつかない違和感を覚えたことがある人は少なくないはずだ。 THE YELLOW MONKEY『JAM』(作詞・作曲:吉井和哉)――1996年2月29日発売 この曲は、そんな「夜の感覚」そのものを、そっと音に閉じ込めたような一曲だった。 ■世界の出来事が、突然こちら側に滲み出す瞬間 『JAM』は、THE YELLOW MONKEYの13枚目のシングルとしてリリースされた。 ラブソングでありながら、そこに描かれるのは甘さだけではない。 むしろ、世界の冷たさと、個人の幸福が、同じフレームの中に置かれている。 象徴的なのが、ニュース速報を思わせるフレーズだ。 「外国で飛行機が落ちました」 「乗客に日本人はいませんでした」 この言葉が持つ残酷さは、事故そのものではなく、その続報にある。 悲劇を聞きながらも、「日本人はいなかった」という一文によって、どこか胸をなで下ろしてしまう感覚。 その一瞬の安堵を、吉井和哉は容赦なく歌詞に刻み込む。 繰り返される「いませんでした」のフレーズ。 ここには、糾弾も説教もない。 ただ事実として置かれるからこそ、聴き手自身の中にある“冷たさ”が否応なく照らし出される。 ■ラブソングでありながら、世界から逃げない それでも『JAM』は、決して世相だけを描く曲ではない。 歌の中心には、確かに「君」と「僕」がいる。 抱きしめたい気持ち、寄り添いたい夜、眠りにつく前の静かな時間。 その親密な感情があるからこそ、世界の悲劇がより生々しく浮かび上がる。 愛している人が隣にいることと、世界が壊れていることは、同時に成立してしまう。 その事実を、この曲は否定しない。 だから『JAM』は、優しいだけのラブソングにはならない。 世界を忘れるための恋ではなく、世界を知ったまま、それでも手を伸ばす恋。 その矛盾を抱えたまま進む姿勢こそが、この曲を“最高のロックバラード”にしている。 ■抑えずに叫ぶ声が、問いを突き刺す 『JAM』のサウンドは、決して穏やかではない。 ピアノとオルガンが冷たい空気を広げる一方で、バンドは一歩も引かず、ロックバンドとしての輪郭を明確に刻み続ける。 派手なギターリフはないが、音は常に緊張をはらみ、感情を内側に溜め込んだまま前進していく。 その上で鳴り響く、吉井和哉のボーカル。 この曲で彼は、確かに叫んでいる。 だがそれは、拳を振り上げるような叫びではない。 世界の理不尽を前にして、行き場を失った感情が、そのまま声になって噴き出すような叫びだ。 声は荒れ、時に掠れ、感情の制御を拒む。 それでも歌は崩れない。 バンドの演奏が、叫びを受け止め、ロックとして成立させているからだ。 その構造があるからこそ、歌詞はメッセージではなく、生身の実感として突き刺さる。 答えを提示するために叫んでいるのではない。 分からないまま、納得できないまま、それでも声を上げてしまう。 その姿勢そのものが、この曲の問いになっている。 だから『JAM』は、聴き終わっても終わらない。 ニュースを見た夜、誰かを抱きしめた夜、日常のふとした隙間で、あの声が頭の奥で蘇る。 それは余韻ではなく、置き去りにされた問いが、まだ鳴っている証拠なのだ。 ■それでも朝を待つ、その強さ 『JAM』は、世界を変えようとはしない。 絶望を叫ぶこともしない。 ただ、世界の不条理を知った上で、それでも眠り、朝を待つ人間の姿を描いている。 その姿は、決して無力ではない。 むしろ、壊れた世界の中で愛を手放さないという、静かな強さに満ちている。 (※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。) TRILL 30年前、大人気バンドが放った“問いかけ” 世界の悲劇をラブソングに置いたワケ | TRILL【トリル】trilltrill.jp ●JAM JAMProvided to YouTube by Nippon ColumbiaJAM · The Yellow Monkey · Kazuya Yoshii · Kazuya YoshiiJam℗ TRIAD / Nippon Columbia Co., Ltd.Released on: 1996-02-29Aut...YouTube…